中華航空機事故から24年、、、、










 年寄りの決まり文句ですが、早いものでと言う枕詞が着いて、名古屋空港の滑走路のすぐ脇にあの中華航空機が墜落して264名が亡くなった大事故から24年も過ぎたそうです。

 一度巨大事故が起きると直接の事故原因初めとして、多くの不具合が表ざたになって、改善へと進むもので、裏を返せば事故が起きるまでそんなつまらないことばかりしていたのかと言うような事例が良く起こります。

 ヘリコプターにとってはきわめて非常識な事が事故直後に起こり、航空当局の役人は気が狂った非常識なと非難されたのですが、実は担当者は規則どおりのことを実行しただけと言うおかしな事が起こりました。

 中華航空機が空港敷地内の航空自衛隊の管轄区域内に墜落炎上し、乗員乗客全員が死亡する大事故が夜間午後8時15分に起きました。

 その瞬間、空港は大火災の消火と救助要請が空港付近のすべての市町村の消防当局へ発令され、空港内の事故現場のちょうど反対側の北の端にある、名古屋消防のヘリが直ちに離陸し、空中から指揮支援の飛び立とうとしたら、空港当局が滑走路閉鎖中なので離陸は許可できないと言い放ったのでした。

 担当者同士の長時間の押し問答の末に離陸が許可されたらしいのですが正確にどの程度時間をロスしたかは承知していませんがかなりの長時間であったことは確かなようです。

 と言うのは名古屋空港内のテレビ新聞の取材機の離陸の許可も同様に承認されなかったため、新聞テレビ各社は遠く、東京羽田と大阪八尾、伊丹から取材のヘリを飛ばしています。

 この離陸の不許可の処置は大きな問題となって、その後の災害時のヘリの運航には、規則をまったく無視し、逆になんでも許可すると言う逆方向に振れたようなことが起こり、その後、ついには救助救命なら何をするにも許可が要らないと言うような法改正まで行っています。

 つまり行政は殆どヘリコプター運航に対する知識も常識もなく、大災害時などの責任逃れの法改正を立法府に求め、それを実現し、知らん顔と言う構図が出来上がってしまいました。

 しかし、平時の基本的な規制には手をつけないまま、緊急時の規制緩和をしすぎたため、熟練パイロットの引退で、経験十分なパイロットが足りなくなって危険性が増しても、責任を当事者に押し付けて知らない顔をする体質に逃げ込んだようです。

 そして実際に運航する、運航会社やその他の行政運航者の責任者等は実態を知らない素人であったり、イエスマンパイロット部長であったりなので、運航の厳しさや、訓練の重要性、パイロットの育成などについて、厳しい意見を言う者がいなくなっています。

 ということで24年前の中華航空機の時のまるで馬鹿丸出しのヘリの離陸禁止と、救命ならなんでもOKという最近の姿勢は一見大進歩と見えてはいるのですが、振れ方が逆方向なだけで、実は馬鹿丸出しとまったく変わっていないと言うことは見る者が見ればわかるはずです。

 
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Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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