ヘリコプターと雪、、、

ハチ高原 (2)

 私は大阪生まれで高校卒まで育ったので、雪が降る積ることは楽しいものだと思っていました。

 大阪は表日本の気候なので、冬は基本的には晴れていて少し風が強い程度でたまに雪が降って積もると嬉しい、楽しいと育っていましたがヘリに乗るようになって、ガラッと変わりまるで日本海側に住む人たちと同じような気持ちを持つようになりました。

 ヘリに全く乗ったことがない状態でヘリ会社に訓練生として採用されて、免許のないまま、当時最新鋭のベル212が日本海側で石油掘削支援のフライトをする秋田へ出張に出されました。

 仕事はコパイ業務とは言え、機長の指示で雑用係をやりながらフライト時はコパイ席へ座る結構楽しい仕事でした。

 10月に入社して確か2月だったと思いますが、上野から8時間ほどかかってすでに暗い秋田の町へおり立ち、雪で薄明るい街を15分ほどかけて歩いて宿舎へ到着するまで、2,3回は転んだと思います。

 当時23歳でそれから63歳でヘリをおりるまで、冬が来るたびに雪と戦いながら飛んでいた記憶がよみがえります。

 なにしろ寒がりで暑がりの私は寒さ暑さが嫌いなうえ、暖房が十分でないヘリで豪雪の中へ飛んで行って着陸し、雪と戦うへりを操り、寒さでめげそうな自分を奮い立たせて飛んだように思います。

 豪雪の中で初めて着陸したのは入社して2年半くらいの確か2月で、舞鶴などで激しい雪で送電線があちこちで切れたためパトロールに富んだのですが、切断個所を発見した電力会社社員が下りて電話で連絡したいと希望したからでした。

 水田らしき場所へ着陸して、ドアを開けて道路の向こうにある公衆電話へ行きかけたところ、いきなり腰まで雪に埋もれてまるで泳ぐように進んでいました。

 それから40年後に豊岡の山奥へ雪を舞い上げてドクターヘリを着陸させるまで40年間毎年のように雪の中での着陸を繰り返してきましたが、横転することも、テールを雪の中へ突っ込むこともなく無事に終わることができたのは幸運としか言いようがありません。
スポンサーサイト



プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
ジャンルランキング
[ジャンルランキング]
その他
12位
ジャンルランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
11位
サブジャンルランキングを見る>>
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR