愛知県防災へり、夜間運航取りやめへ、、、、


              fuji bell 205B  JA6181



 愛知県は今までは、防災ヘリの夜間運航が必要な場合はパイロットなどを呼び出して運航する形態をとっていたそうですが、パイロット不足のために、4月以降は夜間運航は止めるそうです。

 ただし大災害発生時などの非常事態時は飛ぶと言うことだそうですから、あまり変わらないようにも思えますが、何が一番変わるかと言うと、夜間飛行の体制を維持するために確保していた予算がほぼゼロとなると言うことでしょう。

 全国的に、防災へりと消防ヘリなどの、夜間飛行に対する姿勢はかなり積極的で、現実に実施しているのは東京消防庁、埼玉防災ヘリ、京都消防ヘリなどで、その他は要請時に呼び出しをかけるというところが多いようです。

 夜間飛行の費用対効果は大変低く、毎年のように夜間照明設備の増設の予算を取り、夜間待機のための人件費の支出の割に出動実績がないと言う、ある意味無駄な予算の見本のような実態があります。

 県民や一部議会から費用対効果の低さを突っ込まれるより以前に、飛ばすパイロットがいないので、夜間飛行体制の維持は不可能となったようです。

 パイロットがいないと言う状況が取り上げられるひとつの理由には、普通、同じように飛ぶ技術的な難易度は、常識的に夜間の方がより高度な技術が必要となりますが、昼間飛ばすパイロットすら十分でないところ、さらに上級のパイロットはとても確保できないと言う切羽詰った理由があります。

 通常防災ヘリは各県平均すると年間300時間程度飛行していますが、夜間飛行を行なう県では、夜間の飛行時間は年間とても50時間も飛行しないという状況があります。

 つまり、普通にやっていてもパイロットは休みも取りますので、一人年間200時間程度しか飛べません。

 これに夜間の最大でも50時間を追加して、昼夜のパイロットで飛行時間を分け合うと、夜間飛行をする県では防災ヘリのパイロットは年間100時間ずつ程度しか飛ばないので、技量は維持するのがやっとか、下手になっていくことでしょう。

 この状態で夜間飛行を継続してこなすことなど殆どありえないほど危険なこととなります。

 つまり夜間飛行を常時行なう体制を取る県では、パイロットは年間100時間程度しか飛べなくなり、こんなことを10年も続ければまともに飛べる技量を持ったパイロットはいなくなります。

 同じことはドクターヘリにも言え、夜間飛行を始める場合にパイロットの一定以上の飛行時間の確保はどのようにするのかを十分に検討する必要があります。

 今現在、ドクターヘリは昼間運行のみ実施しているのですが、各県平均すると年間多くても250時間程度しか飛行しませんので、パイロット一人当たり、多くても200時間程度しか飛行できません。

 夜間飛行を始めると、飛行時間の増加見込みは年間50時間程度で、これを昼夜のパイロットで分けると、年間100時間程度になってしまい、夜間飛行どころか、昼間の飛行技術すら維持できないような飛行時間となってしまいます。

 このような危惧はまったく検討すらされたこともなく、夜間飛行をやるやると言い囃す人々は、頭を見てもらったほうが良いのではないでしょうか。

 実情を無視した夜間飛行の導入は、行政の無知による過剰実績つくりと金が目当ての運航会社の経営陣の意見がめでたく合意して、現状現場無視によるフライングであると思います。
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陸自UH1美保飛行場に緊急着陸、、





 昨日朝テレビを見ていると、陸自のUH1が美保飛行場に不時着したとのニュースが流れました。

 最近で佐賀では大事故があったばかりなので、心配しましたがその後のニュースで、滑走路脇の草地へ非常にスムースに滑走着陸する様子が空港の監視カメラに写っていて、たいしたことがない様子がわかり安心しました。

 日本国中の民間空港には、NHKや民放の連続録画、局からリモコンできる監視カメラが設置してあって、空港内での事故の場合に多いに威力を発揮します。

 報道によると、油圧系統の注意灯が点灯したため、美保(米子)空港へ緊急着陸したそうですが、その様子が完璧に捉えられています。

 その映像を見ると、油圧系統の故障時のセオリーどおりに、姿勢を大きく変えることなく滑走着陸の態勢で進入していて、完璧な滑走着陸が出来ていて100点満点というところです。

 今回のヘリがUH1Jで民間型205Bと同型ならば、操縦油圧系統は2系統あって、両方とも同時に故障する確率は殆どありえないことになっています。

 ヘリコプターが大型化すると、油圧系統が壊れてしまって、人力でローターの角度を変えて操縦操作をすることが出来なくなりますので、その限度がAS350やUH1B程度までということになります。

 それ以上は大型機は油圧系統がそれぞれ独立した2系統装備されていて、そのうち片方は、油圧ラインが長いテールローターのコントロールは力の強い足で油圧が出来ますので、ローターのみにだけ油圧が入るようにと、系統が別の設計になっています。

 テールローターまで2系統の油圧ラインがあると、物理的な破壊で2系統のラインが同時に切れた場合、作動油が2系統とも漏れてなくなると両方とも効かなくなりますのでわざと片方はテールローターへは配管せず、ローターのみ動かして、テールロータは油圧無しで強い足の力で何とか不時着するような設計となっています。

 さらに大型化すると、ローターを駆動するギアボックスで駆動されている油圧ポンプがギアボックスの故障で両方駆動されなくなると操縦できなくなって、即墜落しますので、最終的にローターだけ何とか操縦できるように、バッテリー電源だけでも廻る電動油圧ポンプの圧力で作動するようになっています。

 今回の機体がUH1Jであって、2系統ある油圧装置のどちらかが壊れたとしたら、足でコントロールするテールロータの油圧が効かなかった可能性は2分の1と言うことになりますが、いずれにしても、テールローターの十分効かない状態に備えた、直線進入の長い安定した滑走着陸で非常にうまく着陸したように見えます。

 これに比べると福岡空港の前輪パンク時の着陸は酷い着陸でした。

 さらに鳥取ドクターヘリ運航開始のニュースのヘリの着陸位置はほぼ完璧で100点満点でした。

 このような見方が垂れ流され続けるテレビ報道などによって、世界中に拡散していますので、パイロット諸氏は日々手を抜くことが出来ないようです。


 

ヘリコプター運航事業とドクターヘリ、、、、



 日本のヘリコプター運航事業1960年代の水田への農薬散布で事業として確立し、その後はテレビ報道用ヘリ、送電線パトロール、原発の電気を送る巨大送電線建設事業と順調に発展しましたが、1990年ころのバブルが弾けた時代以降、まともに生き残ったのはテレビ報道ヘリだけで、その他は殆ど壊滅的な減少に見舞われました。

 危機に瀕した業界は、防災へり、ドクターヘリの二つの分野を官庁を巻き込んで確立し、約100機の運航事業をモノにしました。

 先行した防災ヘリの受注合戦で、ダンピングの末、痛い目に合った業界は、続いて始まったドクターヘリの受注ではうまく乗り切って、適正と思われる価格で受注することに成功しています。

 同じ程度のヘリを使って、同じように切れ目なく365日運航するテレビ報道のヘリの契約金額はドクターヘリの焼く半額と言われていますので、ドクターヘリが如何に条件の良い契約を出来たかを表しています。

 公共施設の建設でも同じように民間のものと比較すると2倍程度の差があるといわれていますので、パイロット不足などで、競合が少ない中で、ヘリコプターの運航も、独禁法にかからない程度に立ち回れば慈善事業などと言うことはありえず、かなり余裕のある経営が可能でしょう。

 テレビ報道ヘリや、送電線パトロール、送電線建設なども同じようにかなり公共性の高い事業で、しかもヘリコプター運航という事業は、素人が資金に物を言わせてできるような事業ではないと言えるでしょう。

 ドクターヘリの契約の場合、殆どが複数年契約で、しかも、競合他社がほぼいないこともあり、資金の積算算定をする厚生労働省が業界の要求を殆ど聞き入れて、金額を決めていますので、普通経営が苦しいなどと言うことはありえないでしょう。

 豊岡ドクターヘリが想定の倍もの飛行回数の実績が出たため、業者は大変苦しいと泣き言を入れましたが、そもそもの金額の設定が高かったので、経営が苦しいと言うことには意見が分かれるところでした。

 同じヘリを使って同じような運航をするテレビ報道ヘリの倍の金額を貰っていたことや、飛行回数が想定の半分にも満たない県で余った金を返すなどとは誰も言っていませんでした。

 ドクターヘリが始まった当時から見るとヘリコプターの価格は大型化などもあって、当時の倍の10億円近くまで高騰していたりするようですが、そもそも中古ヘリのを投入した会社も複数あったりしていますので、本当に正確に積算するなら、何回飛行しても同じ値段などと言うようなどんぶり勘定はありえないところでした。

 当時、大阪府知事の橋下は大阪のドクターヘリは出動回数が極端に少ないのに、契約は何回飛んでも同じ料金だから、奈良県などへ飛ばして1回につき60万円も請求すると言って、現実に請求したほどでした。

 このようないきさつは当時このブログで何回も取り上げていて、ドクターヘリ運航契約の不透明さを訴えたつもりです。

 私はこの業界を離れてすでに5年以上にもなりますので、その後の詳しい情勢は良くわかりませんが、当時も今も、ヘリコプター運航会社にとってドクターヘリ事業は収益安定性とも最高の仕事で、万一事故を起こしても、取って代わる会社が十分ないため、殆ど飛行が止まることもなく何事もなかったように再開しています。

 ましてドクターヘリが慈善事業であるとか、事業会社の宣伝効果などのため赤字で継続しているなどということはありえないでしょう。

 防災ヘリはドクターヘリに続く良い仕事ですが、ヘリコプターや資材関係が県の所有となっていて、運航会社はタダの人材派遣会社となっていて、機体自己所有のドクターヘリに比較するとうまみの少ない業種と言えるでしょう。

鳥取県ドクターヘリ 運航開始、、、




 ドクターヘリのブログなのに今週月曜日3月26日から鳥取県ドクターヘリが運航をはじめていたのを見逃していました。

 ドクターヘリの運航開始のニュースはもう新鮮味がないニュースなのか森友でマスゴミが忙しすぎるのか、それとも私のアンテナが低くなってしまっていたのでしょうか。

 ドクターヘリのない県は石川県、福井県、香川県、そして東京都と鳥取県でしたが、どうやらこれで、東京都のドンケツが決まったようです。

 鳥取県は中国地方ですが、関西連合に加入していて、予想通りにヒラタ学園が受注し、大手を尻目に急成長と言うところです。

 2003年の和歌山ドクターヘリをまったくゼロからスタート、10機も運航する最大手級になってしまいました。

 この結果は大手が情けなすぎたのか、ヒラタががんばりすぎたと言うことなのでしょうか。

 スタート時、大手は素人だと舐めてかかっていていましたが、初心者の真摯な態度とワンマン経営の資本力に物を言わせて、殆どすべての基地へ新品の機体を買って投入するなどの策が効を奏して、今となっては無事故の運航実績を評価されているようです。

 そして橋下前大阪知事が唱えた関西連合の効果も絶大で、関西連合すべての運航を受注してしまいました。

 いまだに中古のヘリをコードブルーなどと称して、一般受けだけで飛ばしているような県とはかなり違った、関西風営業展開が評価されているようにも見受けられます。

 鳥取県のドクターヘリ運航の課題はやはり冬季の雪の運航、そして、基地が県の最西端にあること、給油設備と格納施設を持たないことなどでしょうか。

 しかしヒラタ学園はすでにかなりの運航実績を持っていて、顧客に対する正直で常識的な説得力もあり、いずれ近いうちに課題は改善されていくことでしょう。

 関西連合地域内で10機近いヘリを持つと、大災害時には半分を被災地に投入し、残ったヘリで全域をカバーするなど、有効で現実的な管理体制を取りやすくなります。

 関東など連携が遅れている地域では、どのヘリを被災地に送って、どのヘリを残して、残隊をどのようにカバーするかなどの、急な課題をうまく協議しきれないでしょう。

 

 

航空機からの落下物対策、、、






   航空機からものが落ちることが多く起こり、対策が取られるようになったようです。

 大阪市内で車を直撃して壊れると言う間一髪大事故を免れた例があって以来、相当な頻度で定期便の航空機からの落下事件が続いたほか、米軍へリが窓を落としたりと連続しています。

 そのような中で自衛隊機がごく小さな螺子などを落とすたびにニュースになったり、過敏すぎるほど報道が取り上げています。

 このような事例を検討してみると、かなり、パターンが決まって来ていて、対策は取りやすいとも言えるでしょう。

 対策の一番は落としても、人や人家を直撃しないルートを飛べばよいのですが、これがなかなかうまく行かないようです。

 羽田が新に都心上空通過の着陸コースの使用を近い将来始めるようですし、今森とも問題でおお揉めに揉めている、大阪伊丹空港は何十年も人家密集地を通過して着陸しています。

 人や人家の上空を通過しなければ、落下物が当たる確率はほぼゼロになると言って、沖縄の普天間の小学校のように自分の上は避けろなどと言う言い分を聴くと、他の人たちが犠牲になると言うことになります。

 また無理な避け方で飛行すると、新に余分な危険性が起きないとも限らないので、安全な飛行を阻害するような要求は取り入れないことが大切なのですが、弱気な高尚をすると、反日左翼は理不尽な要求をごり押ししかねません。

 今回、取られる様々な対策は、遅きに失した感がないでもありませんが、やらないよりはずっとましでしょう。

福岡空港 ピーチのインシデント、、、


               ほんの少し キャスター角が着いています





 一昨日、福岡空港でピーチエアラインのA320の前輪がパンクして滑走路上に停止し、2時間以上も滑走路が使えなくなって、大騒ぎとなっていたようです。

 昨日、事故調査委員会が現地で機体の調査をし、ステアリング機構の一部が壊れていたことを確認したと言う発表を行ないました。

 と言うことになると機体の故障と言う印象を受けますが、ことはそう簡単ではなく、一部壊れていたのでパンクしたか、壊れていなかったけれども荒い着陸で、結果的に壊れたのかと言うようなことを明確に結論を出す必要がありそうです。

 高速でタイヤが横を向いてしまえばパンクするのは当然で、報道画像ではタイヤが横を向いて、停止していた様子が映し出されていますので、着陸後何らかの原因でタイヤが横を向いたまま、操縦できなかったことが考えられます。

 走行中にタイヤが周期的に左右に行ったり来たり、大きく振られる現象をシミー現象と言い、自転車でごく低速になった時、急にハンドルが左右に取られることを経験された方も多いと思いますが、しっかりとハンドルを握って修正すれば、元に戻ります。

 このような現象に入らないように、シミーダンパーと言う油圧の装置が着いていたり、自転車やバイクの前輪を支える縦軸が垂直ではなく、やや前方へ傾けてあるのは、このようなシミー現象と言う状態になりにくくするための機構です。

 このトラブルを起こした機体が接地着陸する様子が、やや不鮮明ですが、空港監視カメラの映像として残っています。

 この映像を見ると、主車輪が接地するとほぼ同時に前輪が滑走路に叩きつけるように接地しています。

 訓練中にこのような着陸をするとほぼ不合格で、普通は主車輪を接地させてから、操縦カンを維持して、頭を維持したまま、主車輪のみでしばらく走行して、空気抵抗で減速し、その後ゆっくりと頭を下げて前輪をそっと着けるというような操作をします。

 いきなり前輪をドンと着けると、急激なシミー現象が起こってシミーダンパーが吸収できないで、前車輪が動く範囲の振り切った横向きで止まってしまえば今回のようなことが起きます。

 先ほどの自転車の前輪の垂直軸が前方へ傾ける角度をキャスター角と言い、車輪式のヘリはあまり高速で走行しない場合が多いので、キャスター角が殆どゼロの場合が多く、シミー現象に入りやすいと言えます。

 ヘリの場合、滑走着陸の訓練などで、シミー現象に入ったら、パワーを入れて再浮揚すれば、前輪が横向きにロックして壊れたり、パンクしたりすることはありませんが、ジョット機の場合、速度があるなら少し頭を上げて、前輪の荷重を抜いてやれば収まるかもしれません。

 もともと通常の接地点を大きく行き過ぎて、主車輪を着けてそのまま前輪をドンと着ければ、シミー現象で振り切った横向きでロックすれば、今回のようなことが起きます。

 機構的な故障がなくても、このような着陸操作をすれば結果は見えています。

 前輪をコントロールして着けないような着陸は絶対しないようにということでしょう。

ニューヨークヘリ事故。FAA発表、、




 5人の犠牲者が出たニューヨークのヘリ事故でFAAの見解が出たようです。

 非常に早い対応で、日本の事故調査では最低2年はかかるようなことを、3週間ほどでやってしまっています。

 英語力が弱いので正確には読み取れないのですが、

 ドアーをはずしたり、開けたりして機外に身を乗り出すような遊覧飛行で、日本ではモンキーバンドと呼ぶ、落下傘の縛帯のようなものに、犬の紐のようなものが着いた物をカラビナで床のリングに引っ掛けます。

水上で横転して、いきなり水没し始めた時に、床に取り付けていたカラビナをはずすことが出来なくて、客全員水死したようです。

 想像するに乗客全員がこの紐が長いモンキーバンドを着けていて、上空で狭い機内で立ち上がって、交代して、スキッドに立ち上がって身を乗り出して、ニューヨークの夜景の中へ全身を乗り出すような企画の遊覧飛行であったようです。

 狭い機内で全員のカラビナが床の数箇所のリングに繋がっていたので、水没した瞬間、自分のカラビナをはずすことが出来ずに機体と共に沈んだようです。

 私は、FAAはすぐに外せるようなものでないとだめだと言っているように取ったのですが、このような常識外の事故を起こした後でも、ちゃんと対策をして飛べと言っているようで、日本なら即禁止となるどころか、もともと許可が出なかったことでしょう。

 アメリカではグランドキャニオンでも同じような遊覧飛行をやっているようで、日本とは大違いです。

 狭いキャビン内に乗客、機材などを所狭しと積み、しかも寝た姿勢の患者を乗せているドクターヘリが、同じように着水したら、短時間に冷静に機外へ出ることが出来ないで、同じような結果になる可能性があります。

 備えあれば憂い無しと言う言葉もあるようですから、たまには地上のヘリで脱出する訓練やドアーやシートベルトの開放、窓の放出などの訓練復習しておくことは大変重要であるでしょう。

 大昔、海上自衛隊出身の同僚がベル206Bで新潟沖で空撮で飛んでいて、LTEに入ってしまい、墜落着水したことがありました。

 彼は無事脱出したのですが、ヘリがカメラマン諸共沈みだしたのを見て、もう一度潜ってカメラマンを救出したと言う事例がありました。

 自分が脱出するだけでもたいしたものなのに、もう一度潜るとは見上げたエアマンシップでした。

どうなったのか?D-Call-Net、、





 15年の秋から試験運用をはじめ、18年中には実用化を目指すと言うことになっているD-Call-netは最近殆どニュースに出てこないのですが、どうなっているのでしょうか。

 ニュースで大々的に公表され、山岳地帯などでの目撃のない、交通事故死を減らす決め手になると、大手自動車メーカーが大乗り気ではじめた試行は成果が上がっていないのでしょうか。

 車に積んだ携帯電話回線が、山岳地帯などでのガードレールを飛び越えるような、大事故を起こして、人知れず死の瀬戸際にいるような場合に自動的に救助を求める信号発して、ドクターヘリが間髪を要れずに飛んできて救命されると言う理想的なシステムだそうです。

 私はこの装置で試行すると発表された時に、そんな状況は日本では起こりえないことと、山間部など目撃のないような地域にヘリが飛んでいっても着陸できる可能性が殆どないので意味がないと記事で取り上げています。

 もしヘリが出るなら、患者を吊り上げる装置が着いた、防災ヘリの出番で、ドクターヘリが出るなら、防災ヘリが患者を吊り上げてからしか出る意味がないと言うことになるでしょう。

 と言うことでドクターヘリの基地病院へ通信センターから直接出動要請が入り、消防の支援無しに現場へ向かうことはあまりにも危険すぎ、偵察ヘリやホイスト着きヘリが優先的に出る必要があるでしょう。

 また、目撃のない大事故は夜間に起こる可能性が高く、昼間の事故で目撃のない死亡事故がどの程度の頻度で起きているか、事前に良く調べるべきでしょう。

 私が、5年間のドクターヘリ勤務で約1500回出動しましたが、1件もそのような事故はありませんでした。

 公的な費用を使って運航しているドクターヘリに、試行とは言え、一定の設備を使って、ヘリに拘束をかけているわけですから、15年秋に試行をはじめてから、どのような出動を何回行なって、どのような救命活動が出来たのか程度は、定期的に発表するべきでしょう。

 そして、思ったほどの実績がないなら打ち切るかどうかは協議するべきで、防災へりなどが有効なら方法を変えてみるとか、将来的に夜間運航の需要があるなら、危険性との兼ね合いをどう解決していくかなど、検討することは多々ありそうです。

 昼間運行のみの場合でも、通常のドクターヘリ運航よりも、危険性が高いなど、試行の前に運航関係者や医療関係者などとの検討事項も不十分であるなど、ヘリコプターの素人が先走りして、試行を決めたような様子が見て取れます。

 報道関係などを通して国民に大きくアナウンスして、2年以上試行しているのですから、どうなっているのか、ある程度はアナウンスするべきでしょう。

 私が関係者ならこのような制度は要らないからやめたほうが良いと意見を述べたことでしょう。



 

パイロットは千差万別、、



 50年前、戦闘機パイロットにあこがれて空自の門を叩いて、無事合格して芦屋基地へ集まった87名、その50年後の今日を見ると本当に千差万別と言う思いを深めました。

 初めから輸送機やヘリコプターを目指したものは皆無、ところがパイロット人生が終わってみると戦闘機だけで終わったものは20名程度しかいなかったようです。

 色々な事情で退職して、民間へ出た者は約10名、そのうちヘリは結果的に4名ほどしかいませんでした。

 出世した者より、F4やF15から輸送機へ転換して、PKOなどで世界中を飛び回ったものが、一番パイロットとして晩年まで活躍したようにも見えます。

 空自のベストガイやトップガンと呼ばれた仲間も今は良いおじいちゃんになっていますが、今回訪れた基地で出迎えてくれ、主要幹部までになっている後輩は今でも尊敬の姿勢を崩すことがなかったのはさすがでした。

 このようにすばらしい実績を上げてリタイヤ仲間たちで懐かしく話し合ったことで、やはり基礎課程での失敗談が一番盛り上がりました。

 50年前、希望に燃えて入隊した仲間が、50年後にこのような会を設けて集まることなど、まったく予想も出来なかったことで、再会を懐かしく喜んだ次第でした。

 それにしても我々同期生は千差万別のパイロット集団でした。

50周年 同期会に来ています





昨夜はゆっくり遅くまで懐かしい話に花が咲きました。 朝起きると小雨の中 日の出の光が雲の間から差してきました。10時から懐かしい基地内を案内していただけることになっています


プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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