長野県、愛知県と防災ヘリ応援協定、、、
事故で防災ヘリを失った長野県が、埼玉県に引き続いて応援協定を結んだそうです。
費用負担をするということと、標高1450メートル以上でホバリングする活動はしないと言うことだそうです。
役人さんたちの考えることには本当に腑に落ちないことばかりです。
まず、公費で飛ぶ防災へりが県境を越えて飛び応援することなど協定を結ぶまでも無く、当たり前のことだと監督官庁の総務省が指導しないことがあまりにも不思議と言うほかありません。
狭い日本、いつどこで大災害、大事故が起きるかわからないと言うことは阪神大震災や、東北、熊本、日航機事故、JR尼崎事故などいくつでもすぐに思いつきます。
防災ヘリが県別に配置してあったとしても、運航はオール日本であることなど当然のことでしょう。
そして応援には経費負担をすることが決められたそうですが、他人の需要に応じて航空機を有償で運航することは、航空運送事業か航空機使用事業に当たります。
そのような運航は無償にすることが当然のことで、金を取るなら運航事業として適正な法手続きと運航要員の資格を満足する必要があります。
行政自ら白タクをすることはいけません。
そして運航する条件を自らの県の最高標高以上はしないと言っていますが、これも馬鹿げています。
1400メートルの標高の場所で遭難者がいると言う情報で飛んでいって、実は1500メートルであったら、遭難者を見捨てて引き返すと言うことになるのでしょう。
いったん吊り上げた要救助者を落として、逃げて帰ったヘリがいたことを思い出さざるを得ません。
ヘリコプターは標高の影響を受けるといっても、正確には標高と気温や空気密度で制限を受け、事前に搭載人数や燃料を調整して重量を加減し、任務に当たることは当たり前なのです。
その準備や実行はパイロットや整備士が行ない、運航管理者が再確認し、そして最終的には運航責任者が最終確認することが当たり前なのに、それを怠って墜落したりしています。
日本で最高標高は12388フィートの富士山ですから、気象条件などに合わせて、少なくとも性能上その標高でホバリングできるか出来ないかなど、日本全国の防災ヘリは常に準備はしておくべきでしょう。
自分の県内の最高標高以内でしか運航できないような、防災ヘリは直ちに廃止し、日本国内どこででも運航できる自衛隊にすべての予算を移行し、まともな税金の使い方をするべきでしょう。
自分の県内でしか運航できませんなどと、わざわざ表明するなど、自分たちは無能で馬鹿ですと言っているようなものでしょう。
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航空身体検査、、、、
長いパイロット生活でいつも気になることは航空身体検査に合格するかどうかという事でした。
どんなにベテランであっても、自家用資格であっても、定期的に受ける必要がある航空身体検査で、不合格を宣告されるとその瞬間からパイロットではなくなります。
多くの基準は数値で決められていることが多く、一応公正に医師が判定するようになってはいますが、民間の場合は運輸大臣が主催する諮問機関で最終的に適不適を判断する制度で救われると言う制度があります。
ヘリのパイロットでもベル412程度の機種の訓練でも数千万円、社内でやっても1千万円程度はかかりますので、せっかくベテランになって多額の訓練経費をかけていても一瞬にして、ただの人になってしまいます。
会社は大きな損害であることはもちろんですが、本人にとってはすぐにでも路頭に迷うような状態ですので、パイロット人生の途中でそのようにならない程度の健全な身体、精神が必要であることは言うまでもありません。
自衛隊などはパイロットでなくなっても退職する必要はありませんし、あるいは戦闘機に乗れなくなってもヘリなら飛ばせる程度の身体的な不適合はありますし、民間の場合はいったんパイロットになれば相当な病気でも復帰できることが多いようです。
民間ヘリの航空身体検査は医療機関を指定している大手などと、パイロット自身が選んでどの検査医に受けても良い場合があって、自分などは長年に渡って同じ医師に検査してもらい、健康アドバイスも貰っていました。
おおむね自分が自家用機などで飛んでいるドクターが検査医の場合はパイロットの対して大変理解があって、親身になって検査していただけるので大変助かります。
大昔、某大手エアーラインでは有力な組合活動家のパイロットを標的に、社内の検査医とぐるになって50人以上のパイロットを飛べなくしたというほど酷いうわさもあったようですから、大変だったのですが、今のヘリの場合はパイロットが足りなくて首が回らないほどですから、なんとしても合格させようとすることでしょう。
とは言えヘリパイロットになる過程では、一生やっていけるような身体であることが重要だと思います。
30代40代になって身体的な理由でヘリを降りることになったら、次の人生に相当大変な試練があることでしょうから、本人とっても会社にとっても大変つらいことになりそうです。
特に会社が小さいほどつぶしが利きませんし、多少入り口での選抜が厳しくても自衛隊など公的なコースを目指し、初期の段階で厳しい訓練に耐える気力や素質がないと一生苦労するでしょうし、途中で挫折することになる可能性が高くなります。
私は親から貰った身体が一生のフライトに耐ええるものであったことには本当に感謝の気持ちしかありません。
モンスター、bell214B 、、、、
読者の方からご要望のあったベル214Bについて今日は取り上げて見ます。
私のハンドルネームはbell214b1989なのですが、実は1989年冬、上五島空港でベル214bの限定変更訓練を受けて、初夏に物資輸送の現場でOJTをしていただいて、お盆過ぎに始めて一人で仕事に飛びました。
そして9月に入ってすぐに、一緒に限定訓練を受けた相棒が福井県小浜湾に墜落して殉職し、会社は5機ほどあった214の運航を止めることになってすべてアメリカへ売ってしまいました。
私が飛んだ固定翼とへりはたぶん20機種近くなりますが、この中でプロペラ機のT34が35時間、そしてその次に少ないのが214Bの40時間と
少ない飛行記録の2番目の機種ですがその印象はやはり強烈でした。
他のすべての機種は固定翼でもヘリでも機体が飛ぶという感じで、3000馬力の以上の332でもヘリが飛ぶという感じですが、214に限っては重いローターがぶっ飛んでいると言う感じで、新米パイロットの私はローターがぶっ飛んでいく1歩も2歩も後からやっと着いていくという感じでした。
たしか3万フィートまで5分と言う強烈な上昇性能もジェット機並みでした。
もし会社が引き続いて214を飛ばし続けていたら今、自分はたぶん生きていなかったかも知れません。
もともとイラン空軍が大量の214を導入することになって、ベル社が量産を始め、操縦教官要員と整備教官要員をベトナム帰りのパイロットから養成し、イランへ送り込んだのですが、導入がキャンセルされ、すべてパアーになって機体は送電線建設ラッシュの日本へ、要員はアメリカへ帰ったり、東南アジアで飛んだりしたようです。
そのうちの一人のベトナム帰りのパイロットとはインドネシアで一緒に仕事をしましたが、即製で214の教官用員として訓練を受けたようでした。
日本には30機近く導入されたようですがその半分近くはエンジンが停止して墜落し、ついには330や332にその道を譲ることになりました。
オートパイロットで巡航する時の、弾丸のようにまっすぐにびくともせず飛んでいく時の安定感は他機種では味わえないものがありました。
私が乗るころには機体も相当お疲れが出るほど過酷に使い込んだ後で、重いものを吊った時には2,5トンがアップアップでしたが、導入当時は3,5トン吊ったと言う武勇伝も聞いたことがありました。
同じころ他社の214で1,8トン程度しか吊れない物まであって、営業の若手社員があの会社の214は214Bではなく214B-2ですなどと、格下の204B-2だと茶化していたことを思い出します。
しかし日本の高度成長を支えた原発関係のヘリコプター送電線工事の半分以上はこの機種が支えたことは事実で、多くの墜落事故を乗り越えて飛ばし続けた先輩たちには大いに感謝するべきであると今思います。
映画「バーニング オーシャン」 見て来ました、、、
昨日は久しぶりの雨模様の天候の中、映画「バーニング オーシャン」を見て来ました。
この映画は2010年メキシコ湾で起きた石油リグの事故で世界最大級の被害と言われた事故をテーマにした実話に基づく映画だそうです。
映画の題名も、元々、アメリカではディープ ウォーターホライゾンというリグの船名だったようですが、日本ではあまり現実感のない題名なので、バーニング オーシャンと変えたようです。
パニックと特撮の面白い映画ですが、ヘリコプターファンの皆さんにはアメリカの石油開発に従事するヘリコプターの様子が良くわかる映像が出てきて一度見てみると面白いでしょう。
テキサスにあるイギリスヘリ会社のブリストーの広大なヘリポートに多くのS92や412が並ぶ姿は圧巻でした。
イギリス石油会社の重役がリグへ来て、現場の責任者を強制して、遅れている掘削を急がせて安全確認が十分でない中、原油が噴出して大火災になるという、ヘリのパイロットの育成を無視して、公的ヘリを強制的に飛ばすのと似たようなストーリーです。
日本人のヘリパイロットの中でもこのような石油掘削リグへ飛ぶ経験をすることはあまりなく、特に若いパイロットにはほとんどいないでしょう。
私は運よく、駆け出しのころにゼロ戦の坂井三郎2番機のUさんはじめそうそうたるパイロットの鞄持ちで、コパイ席で飛ぶことが出来、新潟、秋田沖などでリグへの着陸を経験しました。
またインドネシアでは陸上の石油開発が多かったため、リグにはあまり飛べませんでしたが、ボルネオ沖へ飛んだ経験があります。
通常、ヘリはリグへ着陸して、交代の作業員を乗せ変えてすぐにリターンするのですが、たまにはエンジンを止めて,リグ内の居住区域へ移動して、昼食をいただいたり、娯楽室で休憩することもあり、別世界の経験をすることが出来ました。
またリグには気象観測室があり、専門の係員が気象会社から派遣されて来ていて、暇つぶしに世間話をしたりしたものです。
昨日の映画も見ていて懐かしく思い出していましたが、当時からも、緊急時の全員退避のヘリ出動の取り決めや、船内にある多くの緊急時の表示などで、危険が伴う仕事だといやでもわかったものでした。
ヘリコプターマニアの皆さんにはお勧めの映画です。
三宅 博 元衆議院議員 急逝、、、
八尾市出身の元衆議院議員 三宅 博さんが24日に急逝されたそうです。
尖閣のビデオ流出の一色正春さんのツイッター知ったのですが、ふと不穏分子に殺害されたのではないかと思ったほどでした。
私は特別政治活動をしているわけでもありませんが、興味のある講演には数度、顔を出したりする程度です。
はっきり物言いの西村信吾さんの拉致問題の講演会へ行った時、田母神さんと三宅さんが見えていて,少しお話する機会がありました。
以前ネットで現役の衆議院議員の時にNHK問題などを追及される場面の見て始めて、侍のような政治家がいるものだとびっくりし、調べてみると地元の八尾市議から拉致問題などで衆議院の当選した方だと知って、また驚いたものでした。
堺の西村氏の講演会でお会いし、NHK問題など話すうちに奥様が自分と同じ高校で1年後輩だったことを知り、また三宅さんの主張が自分の考えとあまりにもぴったり、もう一度は氏の事務所で開かれた講演会へ出かけ、懇親会まで参加し、奥様ともご挨拶して来ました。
この懇親会には拉致問題関係の会の責任者と、高齢の有森さんのお父さん、そしてサンケイの加藤記者などそうそうたるメンバーが出席しておられて、親しく懇談させていただいて来ました。
すでに一年ほど前のことなのですが、三宅さんは確か自分より一年したの67歳になられたばかりのまだまだ若い方で、健康そのものに見えたのですがわからないものです。
確か1月でしたか、ご自身のブログでインフルエンザで少し休むと書いておられ、その後また復帰されていたので、講演会があればまた聞かしてもらいに行こうかと思っていた矢先でした。
前の衆院選挙直前に維新の会へ移籍されたのには少し残念だと思いましたが議席がない政治家はつらいものがあったのでしょう。
日本のためになる良い政治家を亡くしたものです。
ドクターヘリ、龍神高野スカイラインへ、、、
和歌山県ドクターヘリがカバーしている地域で龍神高野スカイラインという特殊な道路があります。
この道路は有料で紀伊半島の分水嶺を通って高野山から旧竜神村へ南下する観光道路です。
標高1000メートル近い稜線を適度にカーブしながら、バイクで走るには日本有数のツーリング道路で、春から秋まで日本中のバイクマニアが殺到するところで、近年は特に中高年のライダーがたいへん多く訪れます。
ということでバイク事故が絶えず、気候が良い時期には一日3件もドクターヘリが出動することもありました。
事故の種類で一番多いのが中高年のライダーの単独事故で、これはほぼカーブを曲がり切れずに転倒し、ひどい場合は路肩を飛び出して転落する場合もあり、昼ご飯も済んでちょっとビール一杯程度を召し上がったり、夕方近くには疲れが出たような時が多いようでした。
もう一つは多いのは、やはりカーブを曲がり切れず、センターラインをオーバーして、対向車の車やバイクと衝突する場合でこれは大変な重症者が出る悲惨なことが多かったようです。
救急車は市町村境界で田辺市と高野町とで別れていて、どちらも救急車は、早くても30分以上かかり、3次救急病院へは1時間以上の距離ですので、救急要請入電からだと2時間はかかる大変な医療過疎地ということになります。
ドクターヘリで現場までは10分から15分ですので、救急車が着く時間にはすでに病院へ着いているようなこともあります。
ということで通常のドクターヘリの手順は全く機能せず、ランデブーポイントの着陸支援も受けることなく、通報されてくる、道路に表示してあるのキロポイントのみで飛び立つことになります。
この地域の事故救急要請は、本人が通報することはほぼ望めませんし、携帯電話の不感地域も多いので、事故を目撃した、すれ違う対向車がある程度下った位置から通報してくれることが多く、実際の消防管轄区域と通報点違うことが多くあったようです。
ヘリは事故地点を上空から確認し、一番最寄りのランデブーポイントか、着陸可能な空き地へ着陸し、医師、看護師は徒歩で現場へ向かうことが多くありました。
初めのころは通りかかりの対向車に頼んで、同乗させてもらったりしましたが、第3者の車に緊急走行を強いることは安全上問題が多いということで、公用車がない場合は走るか歩くということで、山道を大変な目にあって移動してもらっていました。
ドクターヘリ導入までは、病院収容まで少なくとも2時間はかかっていましたので、ヘリの威力がいかんなく発揮できるのですが、運ぶ患者さんはほとんど中高年ライダーであることは、同じ中高年者としていささか気が引ける場面でもありました。
自分自身はバイクに乗れない身なのですがそれにしても、龍神高野スカイラインは気持ちの良いツーリングができる日本有数のルートですので、ぜひ安全に走ってほしいものです。
航空界の継子、民間ヘリコプター、、、
航空界の継子、民間ヘリコプターは定期航空の発展、安全運航を一義的な目的として組織編成、運用が行なわれてきた,国土交通省の航空行政にとっては、ほぼいらない子、継子として扱われてきて、今もあまり変わっていないようです。
その行政に当たる職員の中にはヘリコプターに対して、理解ある態度を取ったり、よく勉強されている方も中にはいますが、おおむね上は大臣、事務次官から、末端の駆け出し管制官、航空事務所職員までほぼヘリコプターには理解や関心がないだけでなく、一部、敵対するような風潮も良く見受けられました。
その一番の表れが、ドクターヘリなど人命救助のヘリが任務の時にはどこに着陸しても、どこでも低空で飛んでも良いのですが、訓練は許可しないと言う、ヘリパイロットの生存権を100%認めないような制度(つまり死ねと言う制度)を10年以上改善する意思がありません。(長野防災ヘリの低空飛行事故は訓練不十分で安全に低空飛行する能力がなかったことが原因のひとつでしょう)
もうひとつ決定的なことで私が駆け出しのころからの話です。
関西以西でヘリの最大の拠点である八尾空港のことなのですが、A滑走路以外のすべての施設が最大重量5,7トンの制限を受けていてベル214 6,5トン AS332 8,5トンの離着陸の制限を受けていました。
ならば大阪伊丹空港を使えるかと言うと、小型機は禁止という事で八尾では大きいからだめ、伊丹は小さいからだめという、丸で漫画のような事になっていました。
一応、へり業界で332や214は定期会社のジャンボに相当する機体なので、現場作業間の移動や点検整備に2つもある大型の格納庫をぜひとも使用したいと言うことで、月3回まで重量を5.7トン以下にすることを条件に使用を認めるということが長く続いています。
一回着陸したらその日離陸はだめ、いったん離陸したら戻ることはだめと言う条件もあり、大整備して試験飛行は出来ませんのでほとんど使えないと言う状態です。
この八尾空港の大型機の使用と、救助訓練がほぼ出来ないと言う2つのことで、航空行政のヘリコプターに対する態度は十分読み取れますが、実はこの態度が上から末端の職員まで筋が通っているように感じるヘリパイロットも多いことでしょう。
末端のヘリパイロットが普通、接する機会が多いのは管制官と、航空事務所職員ですが、長くヘリパイロットをしていて、揉め事を起こしたり、始末書を取られたり、言い合いになった例は普通1回や2回はあるものです。
彼らとて人間ですから、行政の大方針を自然に体現しますし、上から噛ませばおとなしくなりますが、ヘリ業界はほぼおとなしすぎて面と向かって喧嘩するものは少ないようです。
極端な例では会社の代表が私に向かって、ここで喧嘩しないでくれ。ここで商売していかないといけないのでと、止められたことがあります。
また、神戸震災の時には、官邸で村山総理が飛ぶのを待っているから喧嘩してないで早く飛んでやってくれと茶化されたこともありました。
ヘリ会社も業績の低下で元気がなくなって、益々、行政には反抗できなくなっているようですので、またしてもヘリパイロットの地位の低下が進みそうです。
共謀罪とは何か知らないけれど、、、、
今日は久しぶりに政治ネタです。
いよいよ緊迫感が高まってきた朝鮮情勢ですが、今日ネットで得た情報によると、北朝鮮が万一日本へ向けてミサイルを撃つ場合、どこを狙うかと言う話を例の武田教授が話していました。
北朝鮮近海のイージス艦が打ちもらした、北朝鮮のミサイルは、米軍基地や東京や原発などは一応、米軍、自衛隊のPAC3などが打ち落とすらしいですが、一番手薄なのは大阪だそうです。
そういえば大阪近辺には自衛隊基地もなく、PAC3も展開していませんので、遠く、滋賀県高島か兵庫県の加古川近くにあるだけです。
武田先生の論によると、打つほうの北朝鮮にしてみればわざわざ守りの堅いところなど狙うわけはなく、一番手薄な場所を狙うことが当然なので大阪が一番危険だということだそうです。
その話を知ってやはり、過去の原因不明のテロのような事件を思い出しました。
彦根付近の新幹線のカーブのところでレールを止めてあるボルトを何十本も抜かれて、転覆寸前だった事件です。
送電線で仕事をしてきた身には、それよりもっとショックだったのは、四国の坂出のガスプラントに入る超高圧送電鉄塔、90メートルの巨大なものですが、少しカーブしているところで基礎付近のボルトが数本残して全部抜かれ、5メートルの風で倒れるようにして逃げた工作員がいました。
鉄塔は倒壊し、ガスプラントは電源が切れて大爆発寸前で何とか停止できたそうです。
電力会社が直ちに全国の送電線鉄塔のボルト類を点検し、その結果多くの場所でボルトが緩められたり抜き取られたしていることを発見し、結果的にボルトの頭の形状を特殊なものに変更して、簡単に緩められないように改造しました。
さらに最近は多くの社寺で油のようなものをかけられる被害が続出していますが、現行犯では一件も捕まっていません。
この犯罪、工作、テロを水源地や都会の雑踏などで劇物、猛毒類を撒かれる恐れがあり、オウムの地下鉄サリン事件のようなことを北朝鮮はミサイル発射、開戦と同時に行なうことでしょう。
運よくミサイルは全部落とすことが出来ても、国内の防御はほとんど丸裸同然で、これでほんとうに国民を守ることが出来るのでしょうか。
現実に鉄塔は倒され、新幹線は転覆寸前で、社寺には異物をかけられ放題となっています。
警察、公安は大丈夫なのでしょうか。自衛隊も動く準備はしているのでしょうか。
朝鮮の不穏分子をどうのこうのというと、マスゴミは気が狂ったように大騒ぎするから何も言えないのでしょうか。
もはや、臨界点はすでに通過しているように思いますが、手遅れにならなければ良いのですが、、、、
ドクターヘリパイロットへ 審査、、、、、
民間のヘリコプターのパイロットになるには今の時代はすべて自費で訓練を受けて事業用操縦士の国家資格を取ることから始まります。
一部、消防や警察などのパイロットは公費で訓練を受けて事業用操縦士の免許を取ることもあります。
自衛隊のパイロットは業務をするには防衛庁が発行する部内の資格があり、これを取ることでパイロットとしての仕事に就けるのですが、今の時代は自衛隊内部の資格を取るのと同時に事業用操縦士の免許をもらえることになっています。
この事業用操縦士の国家資格は国土交通省の航空従事者試験官が試験を行なって合否を決めて資格を与えることになっています。
民間のヘリパイロットのスタートが事業用操縦士ですが、これだけでは仕事で飛ぶことは出来ない仕組みになっていて、所属する会社内で機長発令のための訓練を経て審査を受けて合格して初めて、プロとして飛ぶことが出来ることになります。
さらにドクターヘリなどの運送事業で飛ぶパイロットは定期便の機長がとる定期運送用操縦士の資格に該当する資格、ヘリの場合は同じ国家資格がありますが、事実上定期便はないので、不定期にあたる運送用操縦士の審査を受けて合格する必要があります。
これは一般的に500時間の飛行経験が最小ですが、ドクターヘリの場合は2000時間とか1000時間とか余分に規制していて、今、この規制を緩和しようと言うことになっているようです。
運航会社には審査操縦士と言う、国の試験官に変わるようなパイロットがいて、新に運送事業に当たるパイロットの新規試験、そして毎年一回の定期審査などすべての審査を行ないます。
社内のパイロットが審査をすると、経営陣の言いなりになったり、あるいは逆に後輩パイロットを不正に合格させたり、恨みがあったり、好まない先輩わざと落としたりとろくなことをしかねませんので、一応、国家審査や講習で審査操縦士を認定しています。
とは言え運航会社内での審査ですので、新しいドクターヘリが飛ぶに際して、審査操縦士が候補パイロットの審査で技量不十分で不合格にしたら、自分の首が飛ぶ可能性があります。
審査制度が適正に機能していたら、あるいは審査操縦士がまともであったら、最小500時間の経験時間の制限を拡大して、2000時間や1000時間などとする必要はまったくないでしょう。
つまり社内の審査制度が疑わしいと思っていればこそ2000時間などと言っているのでしょう。
つまり的確なパイロットが有り余っていれば5000時間経験でもまだ早いと言い、パイロットがまったく足りなくなってくれば1000時間でも良いというのですからまったく信用は出来ないと言うことになります。
終戦直前は100時間のパイロットが特攻に行ったようですから、その時代と今のヘリの状況はあまり変わらないと言えるでしょう。
とは言え事業で飛ぶヘリは乗客などの安全をある程度は保障する必要があり、何らかの制度を作り、その制度をうまく運用してやるしかありませんので文句ばかり行っていても仕方がないと言うことにもなります。
制度の運用は相当程度、会社に任せるようになっていますので、雇われている審査操縦士がまともに仕事を出来るかどうかは、ひとえに経営陣の人間性に掛かっています。
経営陣の審査は無いようですから、ザルと言うしかないのでしょうか。
ヘリコプターの自動化は進むか、、、
今後、経験飛行時間や技量の向上が望めないヘリコプターのパイロットの世界ですが、果たして旅客機のような自動化が進むでしょうか大変興味のある事柄です。
記事の頭で書いてしまうと味気ないのですが、ヘリコプターでの救助や、物資輸送、そして低空飛行とここ一番パイロットの高い技量が求められる場面では100年程度以内は自動化が進むことはない言うのが私の考え方です。
今現在でも旅客機が到達している程度の自動化はほとんどの部分ですでにヘリコプターにも導入されていますが、ヘリのパイロットにしてみたらそれらはただの値段の高いおもちゃのようなものでしょう。
トヨタなど自動車会社の塗装はすでに完全に自動化されていて、ロボットが完璧な塗装を行なっているので、熟練した塗装工は要らないと考えがちですが、実は塗装ロボットは一番の塗装職人の動きを教えこまれてそのとおりスプレーガンをなぞるそうですので、職人がいないとロボットの完璧な動きは設定することは出来ないでしょう。
もうひとつ大変大事なことは、塗装室の空調は一定で、赤外線乾燥機は同じ温度を放射し、空気は動かない、塗料の混ぜ具合は一定とすべての条件を同じように設定した中でのガンの動きをなぞるだけですから、ただのアホの塗装工がいわれたとおりを忠実にやっているだけでしょう。
熟練したトップ技術を持った塗装工は、その時の条件が少しくらい変わってもそれに応じたガンの動きをすることでしょうけれど、ロボットとはそういうもので自分は設定されていない条件は一切考えることはないでしょう。
ヘリコプターの操縦を自動化できないのはそのような場面、つまり一点に止まっているだけでは、ホイストや吊り荷の揺れはコントロールできないほど複雑な操作なのですがこれをロボットに条件設定を与えることは出来ないでしょう。
その辺に漂っている程度のホバリングは自動化されていますが、厳しく一点に止めるような操作をロボットにさせると、ヘリが止まっても修正操作で吊荷やホイストは大きく揺れることでしょう。
一定の範囲内を許容すればこのようなホバリングの自動化は可能となっても最終的にピンポイントでゆれが止まった状態にするにどの程度の時間で収束できるかも大きな課題でしょう。
もうひとつは低空飛行の自動化ですが、これも多くのヘリにワイヤーカッターが装備されている現実を考えると相当程度ハードルが高そうです。
一番簡単そうな着陸ですが、標準的な進入角度でもILSの3倍程度、さらに狭いところへの着陸では30度程度は普通にあり、障害物の問題と、秦野の着陸失敗事故の要因をどの程度排除できるかで、自動化の限界がかなり難しそうです。
いつも3度の進入角で障害物がなければ少々背風でも問題ありませんが、何しろヘリの場合正確な風向風速の連絡もありませんので、着陸でさえ飛行機にはない多くの条件設定があり、下手をすればロボットが墜落にまっしぐらで侵入しようとするかもしれません。
という事でヘリの自動化は、自動化のまったく必要がない簡単な操縦場面ではすでに実用化していて、ベテランでも苦労する難しい操縦場面ではまったく実用化のめどはないのが実態で、ヘリパイロットは皆、自ら難しい場面の操縦の熟練を目指して日々飛んでいることでしょう。
ヘリのパイロットにしたら飛行機の自動化などパイロットが安心して居眠りしたり、お茶を飲んだりする程度のものだと思っているものが相当数いることでしょう。
そういえば物資輸送の最盛期、一日中飛ぶため、移動中のヘリの中で弁当を食べないと間に合わないことが良くありました。