最近の異常(??)気象とドクターヘリ、、


 
 
 今年の梅雨はかなり例年と違っていて、マスコミは異常、異常だと騒ぎたいようですが、気象現象に異常と言うことはありえません。
 
 大気の状態が一定の気象現象を起こすので、起こった現象を異常と言う言い方がおかしいのであって、気象現象は物理の法則で決まったようにしか現れることはなく、しかも毎年、毎月、毎日 一回として同じことは起こりません。
 
 今年の梅雨時期は平年と比較して、梅雨前線が本州付近に停滞したことはまれで、各地の被害の出た大雨の気象現象としては梅雨の現象ではなく、中国大陸から降りてくる強い寒気と日本付近の比較的暖かい大気が織り成す、不安定な大気が起こした雷雨による大雨です。
 
 このような現象も例年梅雨末期に起こる、梅雨前線上に、湿った暖かい空気が南海上から吹き込んで起こる大雨、集中豪雨とはまた一味違っています。
 
 大陸からの寒気があまりにも強くて低温なので、各地で集中豪雨があり、東京では非常に強い雹が振ったようです。
 
 このような荒れた天候で、強い雷雲、雷雨があるときには、ドクターヘリなど、有視界飛行のヘリ、小型機は殆ど飛べないのではないかという認識があるかもしれませんが、意外とそうではないということを今日は紹介します。
 
 一般的に梅雨時期に梅雨前線が日本列島付近に停滞した場合、停滞と言うとやはり東西に長く広がるのと、梅雨前線影響による低い雲や降雨現象には、一定の幅 50キロから100キロとあり、この中は殆ど有視界飛行は出来ない状態となります。
 
 最近の一風変わった天候現象(わざと異常気象とは言いませんが)のときに、非常に強い雷雲が集中豪雨では雹が降ったりするので、その中は、飛行することは困難なのですが、少しでも雷雲から離れた広い地域では、非常によい天気なっている場合が多いようです。
 
 これはなぜかと言うと、雷雲の中や付近では暖かい空気が上空の冷たい空気に向かって、激しく吹き上がるので、その周りは必然的に気流が上から下へと流れ、上空へ去った暖かい空気の後を埋めようとするからです。
 
 つまり、激しく豪雨が降るような雷雲の真下の激しい降雨地域以外は気流が上から下へ流れていて、意外と天候が大変よいと言うことが多いようです。
 
 近年はこのような雷雲の強さや動きは各地に整備された気象レーダーによって、大変正確に把握されていて、パソコンの気象端末によってリアルタイムにわかるため、ヘリや小型機もかなり安全に雷雲を避けて飛ぶことが出来ます。
 
 ただ ドクターヘリの場合、目的地が患者さんの直近と言う制限を受けることと、そこへ飛ぶ時間が30分後なら行けるというようなことは許されませんので、強い雷雲の真っ只中へ飛ぶ要請があったら、パイロットはつらい判断を求められることになります。
 
 今年は、梅雨に入って以来このような、変則的な気圧配置が続いていますので、最近までは比較的出動要請に答えることが出来ているようですが、このような気象現象から真夏の時期へどのような変化をたどるか、気象予報でも殆ど言わないようですので、要注意かも知れません。
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本田ジェット ついに量産機初飛行、、、


 
 
 ついにというかやっとと言うか、本田ジェット量産期第一号機が飛んだそうです。
 
 創業者の本田宗一郎さんが長く夢に見たことがついに実現すると言うことです。
 
 私がヘリに変わって数年後、本田宗一郎さんは朝日ヘリの206Bジェットレンジャーをチャーターして全国を飛び回っていたような記憶があります。
 
 またそれ以前には、私が1年ちかく訓練を受けた航空自衛隊浜松基地の滑走路端に隣接して本田の大きな工場があって、私たちが轟音をとどろかして離陸していく様子を見ながら、従業員ともどもいつかは航空機と執念を燃やしていたのでしょうか。
 
 
 この本田ジェットは主翼の上にエンジンを配置することや、そのエンジンもGEとの共同開発するなど、画期的な機体であると言えるようです。
 
 自動車メーカーとしても本田は最大手のトヨタとは一味違った車つくりを推し進めてきて、さらに創業者の夢である航空機の販売までこぎつけ、その意味ではトヨタをはるかに抜き去ったと思います。
 
 トヨタも物つくりの大企業として、航空機部門の開発も、エンジンや、オスプレイのようなVTOLの開発を目指したこともあったようですが、うまく行かずどうも途中で投げてしまったような感があります。
 
 今回売り出される本田ジェットは、アメリカのような国土で企業経営者が移動する手段としては最適な航空機で、うまく行けば数百機以上売れる可能性がありますが、残念ながら日本では殆ど売れる要素がないのが非常に残念です。
 
 その点 ヘリコプターは東京へリポートが比較的自由に使えるので、日本国内への移動なら少しは利便性があり、一部企業経営者がヘリを使用する場面があります。
 
 日本で売れないのは、日本の中心地 東京の空港 羽田と成田などで、ビジネス機を受け入れる素地がなく、ほんの一部の機体を除いて羽田の使用は認めてもらえず、仙台や鹿児島などからしか飛べないうな状態です。
 
 東京を中心に飛べなければ速度の速いビジネスジェット機もまったく意味がないと言うことになり日本で普及しない一番の理由となっています。
 
 日本ではビジネスジェットや高性能ヘリを多額の金をかけて作っても国内では殆ど需要がなく、アメリカで勝負するしかないと言うことは非常に残念なことです。
 
 しかし本田は創業者の夢を捨てず、アメリカに会社まで作って果敢に開発し、ついに量産にまでこぎつけたと言うことは、航空機製造分野で下請けばかりの日本にとって大変明るいニュースです。

パイロット定年延長???へ、、、

 

   2011年3月12日 東北震災へ出発する早朝のブリーフィング 某機長63歳 結構若い!(笑)
 
 
 パイロットの乗務可能年齢制限が一連のパイロット不足によるLCCの欠航騒ぎを受けて、規制緩和されるようです。
 
 このパイロット不足を少しでも解消するため、この年齢制限の規制のほか、月間の最大飛行可能時間の規制も緩和したり、外国人のパイロットの採用を促進するため、日本の免許に切り替えるための試験を免除したり、さまざまなことを改正するようです。
 
 なんとすばらしいことでしょうか!!   と言うことはありえないでしょう。
 
 もともと、定期便のパイロットなど乗客を運ぶ航空機を運航するパイロットには比較的厳しい制限があり、年齢もそのひとつです。
 
 加齢による身体機能や、頭脳の能力低下、反射神経や記憶力の衰えには個人差が非常に大きくて、必ずしもこのような能力低下を正確に判断することは困難で、安全性を見て一定の年齢で切り捨てていたので、体力年齢の若いパイロットも十派一からげで切り捨てていました。
 
 今回のこのような規制の緩和を行うことになったのは、日本人の加齢による老化傾向の減少があって、さらに高齢者の労働意欲が高く、社会的にもこのような人たちを有効に活用しないことが、日本全体にとっても大きな損失であると言うなら、納得できるのですが、LCCが増えてパイロットが足りなくなったから年をとっても働けではあまりにもご都合主義といえるでしょう。
 
 さらに安全だ安全だと声高に騒いで、月に100時間しか飛ぶなと、長く規制しておきながら、パイロットが足りないから100時間以上でも良いとはどういうことなのでしょうか。
 
 さらに、最近では那覇空港でGCAショートアプローチで,パス角の維持も出来ないで、滑走路はるか遠くで海面に突っ込みかけるような、外人機長を飛ばしていたのは、免許切り替えや、訓練や審査の仕組み、さらには日本人パイロットや管制官との意思疎通が十分出来ないなどかなりの危険性があると言うことを証明してしまっています。
 
 今回の年齢緩和などすべての規制緩和項目は、すべてが後ろ向きの政策で、今の安く使えそうなパイロットたちを航空会社の負担するコストを最小限で使おうとする、デフレ推進政策と言うほかありません。
 
 日本の多くの若者たちのなかには、日本に出稼ぎに来るような外人の出来損ないパイロットや、ご老人パイロットが飛ばなくてもよいようにいつでも、困難な試験をパスしてパイロットの道へ進む、能力と、気力のある元気者が五万と待機しているでしょう。
 
 今でしょう。 そのような多くの若者たちのやる気を受け入れ、十分な経費と時間をかけて、立派なパイロットへと育てる道を開くのは今でしょう。
 
 同じことはドクターヘリなど公的なヘリコプターの世界にも言え、パイロットを多く育てて、将来的な世代交代へ道をつけることを今直ちに初めないと大変なことになります。
 
 どこかの、集団安保おっかなびっくり政党が、自衛隊ヘリパイロットのドクターヘリへの割愛制度を開いたと自慢していますが、待遇が悪くて勤務がきつく、将来的な保証もないような仕事に、年間5人来れば良い方で、されとても、根本的な養成制度の確立には大きな抵抗勢力となりそうです。
 
 新しく打ち出す政策、改善策は、デフレ促進、後ろ向き、その場しのぎは止めて、少しくらい、金がかかっても、時間がかかっても、10年20年先まで改善方向が進んで行く方法でやれないものでしょうか。
 
 これでは本当に国土交通省航空局は定期運航会社の下請け同然だと言われても仕方がないような情けない政策で、之を緩和して天下りは何人約束させたのだと聞いてみたいものです。
 

救急車は消防なのにドクターヘリはなぜ厚労省??、、、


 
 
 日本でドクターヘリのようなものが始めて飛んだのは、少し正確でないかもしれませんが、岡山県の倉敷の川崎医大病院で、昭和50年ころと記憶しています。
 
 同時ドイツで救急ヘリが導入され始めて、日本でも救急医の先進的な、たぶん小浜医師であった思いますが、朝日ヘリコプターからベル204Bをチャーターし、主に中国縦貫道の交通事故を対象に試験運航されたようです。
 
 その後、時代が20年以上下って、全国には総務省が牽引する防災ヘリがほとんどの県にいきわたり、警察関係もすべての県が導入し、政令指定都市には消防ヘリが導入されました。
 
 このほかに建設省が各地方の道路や河川を管理する地方整備局に一機ずつのヘリを導入しました。
 
 また、全国の高速道路を維持管理する道路公団にもヘリが入り、これで 早くから撒布ヘリや水産調査の航空機を持つ農水省以外にヘリにかかわっていないのは主要官庁で最後まで残ったの、厚労省でありました。
 
 もちろんテレビ局はネット系列ごとに殆ど全国に生中継装置を積んだヘリを配置しましたし、いわゆるバブルで裕福な日本は全国いたるところにヘリが配置されているような状態となったのですが、先進国に比較して出遅れていたのは救急ヘリの分野でした。
 
 これの導入を働きかけたのは、世論ではなく、防災ヘリなどの導入を働きかけた、ヘリの製造メーカーを含む、輸入商社と、農薬散布と送電線鉄塔建設の事業が一段落して、パイロットなどの要員の余剰を抱えたヘリ運航会社であったようです。
 
 一般の方が思うように救急車は消防が運行していますので、救急ヘリはなぜ厚労省なのかと言う大きな疑問があるようです。
 
 防災ヘリの導入のときも同じだったのですが、防災業務は消防が主に所轄する仕事なのですが、消防の組織は警察と違い、県単位ではなくその下の市町村や、やや大きいところでも2,3の市町村が合同で組織する消防組合と言う組織が行っています。
 
 ヘリを導入するにはその組織が小さすぎてとても無理と言うことで、県単位に防災航空隊というものを、新たに編成し、運航は主にヘリ運行会社に委託し、搭乗する救助員は各消防から交代で派遣される消防官で構成しました。
 
 ドクターヘリを導入するに当たって、防災ヘリとは運航の目的でかなり重複するような面があり、多くの防災航空から導入反対の意見があり、医療要員の確保などの点でも、防災航空の組織ではとても運航するめどが立たなくて、ヘリに関しては処女地であった、厚労省を口説いたらうまくヒットしたと言うことだったようです。
 
 厚労省は省庁の中でも年金資金を持ったり、莫大な医療費の管理など一番裕福な省庁で、ドクターヘリ100億円程度で、目玉行政を持つには格好の事業だったのでしょうか。
 
 医療行政に対する補助金事業も多く抱えていて、ドクターヘリにもということになったのでしょう。
 
 このような事情があってドクターヘリが厚労省が金を出して、運航は民間ヘリ会社に、医療は県と基地病院へ丸投げし、好き勝手やらしていると言っても過言ではないでしょう。
 
 システムを作ったものが一番配慮するべきは、安全管理なのですが、ドクターヘリは通常では許されない、任意の場所への離着陸、低空飛行、制限空域への進入などが自由に出来るようになったのですが、大いにリスクがあり、法的な規制がなされていたことを解除するに当たって、規制官庁の国土交通省と運航業者のヘリ会社団体などと、どのようなすりあわせをしたのか、一度聞いてみたいものなのですが、、、、、
 
 農水省は危険な農薬散布の飛行をするに当たって、外郭団体の農林水産航空協会と言う組織をつくり、要員の育成、撒布飛行の特別な訓練補助とライセンス制度をつくり、定期的な安全講習を実施したり、それなりの安全へのかかわりを持った行政をやっていたように思うのですが、、、
 

ドクターヘリ広域連携??、、


 
 
 八尾の陸上自衛隊のヘリが隣の県の山林火災に出動しても、広域連携とは言いません。
 
 それはヘリの運航範囲の権限を陸上自衛隊として兼轄しているからで、日本国中どこへ飛んでいっても広域連携とは言わないでしょう。
 
 ところが和歌山県のドクターヘリが10キロほど飛んで5分で和泉山脈を越えて、大阪府に入るには広域連携という協定が結ばれていないと飛べないことになっていました。
 
 その時期には大阪府も奈良県もドクターヘリはなく、大阪とは協定がないため、飛ぶことはなく、奈良県南部や三重県の過疎地のために両県と協定を結び、一回当たり数十万円の費用を支払うと言うことで、年間十数件程度飛んでいました。
 
 今は近畿府県広域連合という制度が出来て、ドクターヘリはこの連合に最初に移管された制度として、運用するとは決まっていて、すでに動き出したと、私がいた2年前には言っていましたが、実態は何も決めていないで、運航エリアも変わることはありませんでした。
 
 青森県の八戸のドクターヘリは5分で岩手県へ着く距離にありながら、最近協定が結ばれるまでは県外へは飛んでいなかったようです。
 
 そもそも、日本国中に40機以上配置された、ドクターヘリなる空の救急車が、県境と言う見えない線に縛られて出て行けないことが、どうやらこれは相当な不具合だと早く気がついていたのですが、何しろ運航責任は県であるとは言いながらほとんど基地病院へ丸投げされた状態で、何をするにも、担当病院以外、厚生省から県のレベルまでほとんど何をどうするか考えもせず実行もしなかったと言うことでしょう。
 
 本来ならドクターヘリの配備に主導権をとった厚生労働省が配置場所と優先順位、運航範囲から、ヘリの機種選定から、運航、医療要員の育成まで責任を持ってなすべきところを、運航はヘリ運航会社、運用は基地病院へと丸投げしてしまったことからこのような変なことが起こったのでしょう。
 
 重症患者の救命を最優先に、ドクターヘリが県境や縄張りを越えて飛ぶことは、、当初からやるべきことであったのですが、これが県単位の運航形態を優先したため、制度発足から10年以上遅れて本格的に広域連携という名で始ったと言うことでしょう。
 
 遅くてもやったほうがずっとましとはいえるのですが、何しろ県単位、病院単位の運航が定着してしまっていて、それぞれが運航に責任を持ってやっていますので、協定と言う対等の協議によってしか、広域連携が実現しないことにはやはり問題がありそうです。
 
 これはドクターヘリ全体の統括指揮組織、上部組織があって、たとえば厚労省であると言えますが、そこからの指揮監督で行う、陸上自衛隊が指揮下のヘリをすべて統括するような組織があればよりうまく全国的なカバー体制が出来たことでしょう。
 
 もしこのような考え方で全国に導入して行ったなら、どこかの馬鹿知事のように弱い県には一回60万円などと吹っかけるようなことは出来なかったことでしょうし、うちの県は応援ばかりで支援は受けそうにないとか、大震災でいきなり遠隔地へ長期間にわたってほとんどすべてのドクターヘリが、飛んでいってしまったり、いったい誰が統制するのだと言うようなことは起こり得なかったことでしょう。
 
 はじめから、何も考えることなく、ほとんど手抜きで始ったということだったのでしょうか。

ジェットエンジンからレシプロへ、、、


 
 

 私たちが航空自衛隊でパイロットとして飛行訓練を受けたはじめた当時、訓練や飛行適正検査のやり方について、試行錯誤をしている時代であったようです。
 
 適正検査や訓練の方法の有効性は、やってみてからかなりの年月をかけて追跡調査をして、判断しそして適性検査や訓練方法にフィードバックさせると言うような方法をとっていたようです。
 
 その目的は、出来れば優秀なパイロットを出来るだけ少ない経費時間で育てると言うことを目差していたようです。
 
 優秀とは操縦操作が正確適正に出来ると言うことはもちろん、順調に能力が向上していけるかどうか、人生半ばで事故などで自らの命を失う恐れがないか、あるいは僚機や部下や仲間を巻き添えなどで殺さないか、多くの不具合が起こる可能性をあらかじめ排除出来ないかを研究していたようです。
 
 適性検査においては、その成績が適正不良と判断される結果の人間をわざと残して訓練コースを履修させ、どのように育つかを見極めて、適性検査の適否を見るようなことをしていたのではないかと言ううわさもありました。
 
 航空自衛隊のパイロットは通常はジェット機の戦闘機乗りを育てるのが目的なので、訓練課程のコースをレシプロ機を何時間載せて、初級ジェットへ移行させるかと言うようなことも試行過程と称して、やったことがありました。
 
 その大変な思考過程にぶつかったのがわれわれの年代で、なんとレシプロ機は30時間のみ、ほとんどまともに飛べない段階でジェット機へ移行し、早い着陸速度についていけないような状態で120ノットの着陸をする羽目になりました。
 
 結果的には30時間のレシプロ家庭は無理と判断されたようで、すぐにもとの65時間程度に程度に戻したようでした。
 
 その後、民間のヘリに変わってレシプロ機から再出発したのですが、3000時間もレシプロで飛ぶことになるとは思いもしませんでした。
 
 私がジョットエンジンの航空機に乗った当時は信頼性が低く、ホットスタート、コンプレッサーストール、フレームアウトと何でもありの時代で、ヘリのタービンに変わったときにはすでに相当程度信頼性が高くなっていて、さらに少し時代が下れば、コンピューター制御となってほとんど壊れなくなっていました。
 
 さらにいまや中型ヘリからエンジンは双発となっていて、エンジンがどうかなって不時着するようは事例はほとんどなくなっています。
 
 と言うことでほとんど壊れないと思っていていいのですが、ただし一旦壊れると危険性はより高まるかも知れません。油断できません。

かわいそうな選手たち、、、


 
 今 このブログを書いている、前のテレビでは本田が次の試合に向けてインタビューを受けています。
 
 顔の表情は死に、引きつっています。
 
 ザックジャパンの選手たちはサッカーのプロ選手となったのは何も国家のためにとか、ましてやメディアやマスコミ、新聞 テレビ局 NHKのためにサッカーをしているわけではないと思うのですが。
 
 子供のころからボールを蹴るがが上手で、自然とサッカー選手となって、磨きをかけ、どこまで世界に通用するのかとがんばってきて、またサッカーを楽しんできたのではないでしょうか。
 、
 第1戦目の本田のゴールは試合の始ったばかりの、どうしても勝たなければと言う意識が働く前に、何の気負いもなく自由に動いているうちに決ってしまったように見えました。
 
 その後の動きや2試合目は、マスゴミに洗脳された日本国民すべての無言の圧力が、大きなプレッシャーとなって、全選手を押さえつけ、横にパスをまわすだけのつまらない試合になってしまいました。
 
 戦争中は全国民に戦争をあおり、オリンピック柔道では国内予選に負けた柔らちゃんの金メダルをあおって、野村の3回連続の金メダルを無視しました。
 
 憲法9条をあおって自国の防衛を弱体化させ、結果的に朝鮮ロシア中国の戦力の拡大を助け、横暴をを許していました。
 
 民主党はじめや野党勢力に過大に肩入れし、日本の弱体化に手を貸していました。
 
 今回のワールドカップサッカーは日本の実力を無視した、マスゴミによる騒ぎすぎに国民が乗せられ、選手たちが犠牲になっているような構図が見えるのですが、そのように見るのは自分だけなのでしょうか。
 
 選手たちは自分のサッカーを楽しんで、全力で戦って、勝っても負けても実力だと胸を張ってほしいものです。
 
 選手の引きつったような情けない顔を流すなよ、、マスゴミよ、、、
 
 審判を買収してまで勝って、日本を見下したい韓国、、それと同じレベルだ日本も、、、、
 
 予選 敗退すれば一番ダメージを受けるのは最高額の放映権料を払った、日本のメディアです。 
 
 そんな 自分が儲けたいだけのやつらに、まじめに付き合う必要はありません。
 
 楽しんで 全力でぶつかって 負けても勝っても しかめっ面はなし、、笑って終わって欲しいものです。
 
 プロとは言えスポーツなんだから、、戦争じゃないんだから、

夏至は過ぎたけれど、、、


 
 
 春分の日 秋分の日と違い国民の休日でもない、季節の節目の夏至はほとんどニュースになることもなく、21日(土)に過ぎてしまいました。
 
 夏至は一年で昼間の時間が一番長い日で、太陽が一番高い軌道を通る日でもあり、本来なら一番暑い日であってもおかしくないのですが、大地や海が温まるのに時間がかかるため、7月から8月が年中でも一番暑い日が遅れてやってきます。
 
 もうひとつ、一年中で一番日中の長い日なので、日没時間 太陽が沈む時間が一番遅くなると思われがちですが、今年の大阪を例に取ると、夏至の6月21日の日没時間は7時14分 翌日の22日から7月7日までの日没時間が7時15分と一番遅い日が2週間以上続きます。
 
 そして7月8日から7時14分と今度はだんだんと早くなってきます。
 
 12月の冬至 近辺の 12月3日ころ、一番 日の入りの早い時間4時47分ころに向けてだんだんと短くなっていきます。
 
 もちろんこの日没時間のことを取り上げたのは、ほとんど全国のドクターヘリが日没時間を終業時刻として決めていて、運航クルーは一年中で一番きつい勤務時間に耐えてがんばっています。
 
 朝の始業時間は8時ないし8時半のところが多く、飛行準備に40分程度は必要ですので、7時半前後から勤務しているところが多く、一日の勤務時間は運航乗務員の法的制限の12時時間以内ぎりぎりとなっています。
 
 普通に、日没時間まで待機して、片付け作業をすると12時間はオーバーしますし、日没時間以降は通常,飛行しないことに決めているところが多く、終業時間、間際に出動した場合の時間経過を考慮して、日没時間の30分前ころを最終要請受け入れ時間として決めているところが多く、同時刻の30分前から飛行後点検等、終了作業をして、日没時間に退社としているところが多いようです。
 
 そしてこのような異常に長い勤務体制であっても、全国的に見事に申し合わせたように、どの基地においても2交代制にしているところはありません。
 
 2交代制にしていないのではなく、交代要員の不足と、雇用経費の節約で、出来ないと言ったほうが正確でしょう。
 
 このような過酷な現状に対して問題の提起はどこからも起こっていないのは不思議なのですが、医師の過酷な勤務状態に比較すればたいしたことはないよ、というのが一般的な認識なのでしょうか。
 
 そういえばヘリの業界には大昔から、農薬散布というこれも長過激な勤務体制の仕事がありました。
 
 朝は3時半から4時起床、4時45分ころの日の出時間から、3時間から4時間飛行し、9時か10時から機体の洗浄や移動準備、 13時ころにかけて次の町村へ移動、打ち合わせと現地調査をして、夕方5時ころにやっと業務は終了、そして6時から9時ころは現地の方たちとの懇親会をかねた打ち合わせ、 やっと自由時間で寝床につき、また3時か4時には起床。
 
 皆、20代、30代の元気なころだったので、なんとかもったのでしょう。
 
 毎日毎日、勤務時間が長くなってくる苦痛に耐えて、夏至あたりを折り返しに今度はだんだん短くなってくることに希望をつないで、長い勤務時間に耐えてがんばっています。
 
 全国のドクターヘリの、このような現状、、、、当たりまえのことなのでしょうか、異常なことなのでしょうか、、、
 

ザックジャパン 1敗1分 とドクターヘリ、、、


 
 
 ブラジルで行われている、サッカーワールドカップ 予選リーグの成績が思わしくありません。
 
 国民がこぞって応援し、テレビ観戦も大盛況ですが、成績は今ひとつで、このままではほぼ予選リーグ突破は不可能でしょうか。
 
 日本のマスコミが、わが利益のために大騒ぎする野球はアメリカ、日本などごく一部の国でしか行われていませんが、サッカーはボールひとつで多くの少年が夢中になれる競技で、貧乏な国でも十分やれる競技で、世界中でやっているといえる本当の国際競技です。
 
 そして、日本もレベルが上がってきて、世界の中でそこそこ戦えるようになって、メディアもそれに乗じて、メディア自身の利益のために、NHKも民放も新聞も大騒ぎするようになり、実力以上の取り上げ方をされるようになって、戦う選手たちには余計なプレッシャーーがかかっていることでしょう。
 
 ドクターヘリの運航の初期には同じように実力以上の結果を求めるメデイアの要求に、それ相応に売り込んでいた関係者ですが、実はサッカーのゴールや勝敗と同じで、試合に出る監督以下選手全員の一人ひとりの実力と、そして大事なチームワーク、監督や本部の幹部など管理部門の実力や資金力、それから大事なものは運ということも共通しています。
 
 サッカーの場合は結果としてゴールと勝利、そしてドクターヘリの場合は劇的救命で命が救われるという、結果でしょう。
 
 メディアがただ単に自分たちの利益のために、実力以上の期待を国民にあおったりしても、結果にはなんら結びつくことはなく、残るのは不満と失望でしょう。
 
 ドクターヘリで本田のように華々しいゴールを決めて、最大の評価をされるのは、ドクターヘリで言えばフライトドクターやナースで、試合で負けて予選を落ちればて墜落でもすれば、非難されるのはザック監督や本部役員でしょう。
 
 
 パイロットや整備士は選手の一員で、センターで守備も攻撃も自由自在というポジションでしょうか。
 
 サッカーと同じように、ゴールを決めて結果を出せるかどうかは、救命できるかどうかなのですが、これには天候や要請のタイミング、患者の症状など多くの運が作用し、先日の2戦目のように、攻めても攻めても結果の出ないことなどは普通に起こりそうです。
 
 さらに運航クルーの実力がなければいつでも、簡単に抜かれて相手にゴールを決めてしまわれ、試合は負けるという結果が確実に起こり、チームワークの重要さは各個人の実力が基本ということになります。
 
 さて ザックジャパン3戦目では個人の実力とチームワークと組織管理部門が一体になって最大の力を発揮し、やけにはしゃぐメデイアの宣伝に乗った、多数の国民の期待に答えて、劇的救命は出来るでしょうか。
 
 予選突破という重症患者はすでに90%以上死んでいますので、劇的救命しかありません。

皇太子様 REGAをご訪問、、、

 

 
 
 
 スイスをご訪問中の皇太子殿下が民間の緊急ヘリ部隊REGA(レガ)をご訪問になったというニュースが出ています。
 
 
 スイスでは日本と違って非営利団体の組織でヘリやジェット機の運航を行っていて、防災ヘリとドクターヘリの機能を併せ持ったような運行をしているようです。
 
 もうひとつの特徴は3機の固定翼機を使って、世界中から患者の搬送を行っている点で、この機能は日本ではまったく存在しない分野です。
 
 日本ではドクターヘリや防災ヘリそして県警ヘリや消防ヘリが、それぞれ救急飛行や救難飛行を行いながらそれぞれの組織がまったくばらばらで、指揮系統も、技術的な統一性もなく独自に飛んでいますので、本当に隣は何をする人ぞ言うことになりかねないのですが、このスイスの組織では20機の要員が一元的に組織管理されていますので、パイロットがいないから運休というようなことは起こりにくいことでしょう。
 
 国内がひとつの組織で運航、管理されているということは、災害で他府県へ応援に行ったら自分の県は留守だということも起こり得ないでしょうし、うちの県は隣の県より下手なパイロットだとか、機体が小さくて性能が悪いとか、出動基準が違っているとか、年間出動回数が大き違うなどということもありえないでしょう。
 
 また運航を大手運航会社に委託したから安心だとか、弱小会社だから心配だというようなことはありえないでしょうし、操縦士や整備士の技量や経験に応じて、自由自在に運航配置を変えて、安全を維持しながら、経験を深めるということも出来そうです。
 
 日本では県別なので。3000メートル級の山岳救助から、基地周りの遊覧飛行程度まで一人のベテランがせざるを得ないことになって、非常に非効率的な配置となりがちです。
 
 もうひとつ REGAが行っているジョット機による国際間の救急患者搬送の機能は日本ではまったなく、韓国プサンの射撃場火災事故の際に、ドクターヘリでも十分カバーできる距離なのに、重症患者さんは定期便に便乗しての帰国となったことがありました。
 
 このように、外国の例には多くの学ぶべき点があるのですが、何しろ日本は縦割り、県別体制を死守する方針なので、このような利点を学んで改善する方向にまったく進まないところが気にかかります。
 
 皇室の方が日本のドクターヘリや防災ヘリを訪問されないのは、このような点が浮き出てきて、お互い他県や他の組織の面子がつぶれる可能性があって、宮内庁が計画しないのでしょうか。
 
 その点 国内一組織のREGAは皇太子様がいかに高く評価されても、隣の県の面子がつぶれるなどということもなく、東日本大震災のお礼をも心おきなく、十分表明できるという事情があるのでしょうか。
プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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