ヘリコプター事故調査報告 2件公表、、、、

 

 
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 安全運輸委員会 旧航空事故調査委員会が2011年と20012年に起こったヘリコプター事故についての、調査報告書を公表しましたので今日はこの件を取り上げて見ます。
 
 この2件の事故はドクターヘリの運航でも起こる可能性のあり、教訓に富んだ事故原因調査がなされていますので、ドクターヘリ関係者は良く注意する必要がありそうです。
 
 この情報については一昨日 読者の方から書き込みをいただいています。
 
 
  1件目は2011年に起こった、四国航空の送電線パトロールのAS350が後部荷物室から火災をが発生し、辛くも着陸に成功した後燃え尽きてしまった事故です。
 
 火災を起こして着陸する様子はテレビニュースで衝撃的な動画が放送され、奇跡的に乗員乗客が脱出した様子が撮影されていました。
 
 推定原因では衝突防止用のストロボライトの配線から、荷物室の固定されていない可燃物に引火したことが火災の発生の原因であるとしています。
 
 
 一応、事故原因の配線は正規正常であって、同じ荷物室に搭載されていた、整備用に使うウエスなどが放置されていたのではないかと、推定できるような書き方になっています。
 
 350の後部荷物室は、このような雑品を放り込んでおくのにちょうどいいような構造と大きさになっていて、過去に、某ヘリ会社でも耐空検査の折、検査官が後部荷物室に投げ入れててあった、ウエスなどを見つけて大目玉を食らったことがありました。
 
 ちょっと耳の痛い話ですが、ちょうど車のトランクに何でも放り込んで置くことと同じ様なことでしょう。
 
 ただ 配線が正規なのもであったらこのような火災はほとんど発生しないということが考えられますが、追加搭載機材 たとえばハイビジョン撮影キットなど 複雑大掛かりな配線類などを後付けした場合などはより危険性が増すといえるでしょう。
 
 ドクターヘリは正規の配線だけではなく、医療器材用の複雑な配線などが後付けされたものが多く、また医療器材は自身のバッテリーを積んでいるものも多く、更には相当危険な酸素を積んでいるという実態があります。
 
 現実に外国では医療用の酸素から発火し事故になって例があると伝えられています
 
 787のような巨大な最新システムが小さなたった一つのバッテリが原因で、半年も世界中で飛行停止状態になるほどですから、小さなヘリコプターも何が原因で事故になるかわかったものではありません。
 
 狭いキャビンに所狭しと機材を積み込んだドクターヘリはやはりそれなりに注意深く、飛ばす必要がありそうです。
 
  もう一件の事故調査報告については明日取り上げます。
 
 
 
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今度は阪大ドクターヘリ 放映、、、、

 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 

 
 
 
 26日水曜日に引き続いて、関西では阪大のドクターヘリが放映されました。
 
 取り上げたのは、地元紹介のバラエテー番組ですので、切り口はドクターヘリや阪大救命センターが存在しているというだけで、これといった切り込みのない、10分ほどのコーナーとして放映されました。
 
 阪大ドクターヘリは政治的にも、医療行政的にも突っ込みどころ満載のドクターヘリなのですが、完全にそのようなことはスルーしていました。
 
 そこでこの阪大のドクターヘリの注目点に着いて少し、おさらいして紹介しておきます。
 
 阪大にドクターヘリを導入することを決めたのは、橋下前知事の前の官僚出身の女性知事で、導入を決め、再選を狙う、知事選挙の数週間前に運航開始の大ニュースを再選出馬の景気付けに利用しようともくろんだ節があり、そのヘリを活用する地元消防本部ではいい迷惑だというような思いを感じました。
 
 知事当人は、講演料絡みの、不始末がマスコミに叩かれ、出馬を断念し、ドクターヘリの就航セレモニーは寂しい門出となってしまいました。
 
 そして、例の橋下知事が府政を引き継いだのですが、あまりにも出動回数が少ないドクターヘリに高額の府税を入れることに納得せず、他県へ飛ばして、出動料金を取るという、航空法違反まがいの方法で、経費の削減を実行しています。
 
 このような他府県への出動で料金を取るという考え方が、大阪のドクターヘリを当てにして、自分の県の救急患者を診てもらおうとする、消極的な県をして自らのドクターヘリを導入しない理由に使うだけでなく、現場では一回60万円もの出費が、応援協定があっても、ドクターヘリを呼ばない、良い理由になっていることを行政当局は理解するべきでしょう。
 
 つまり、応援される県では、1回呼べば60万円ですから、重篤な救急患者が出たとき、なぜドクターヘリを呼んだかと、書類にしたり説明したりすることは求められても、なぜ呼ばなかったかといわれることはありえません。
 
 大阪府自身は消防組織と上位行政が一体となって導入しなかったという致命傷と、応援に入る県では、金が絡んでなぜ呼んだかといわれる恐れがあって、どちらもドクターヘリを使わないほうへ、使わないほうへとならざるを得ない体制となっています。
 
 阪大の救命センターの充実した設備の良さが昨日の番組では紹介されていましたが、大阪府にはそのほかにもヘリポートが設置された3次救急病院がいくつもあって、しかもドクターヘリがあって、救急患者が救命されるインフラは完全にそろっているのですから、それを有効活用しないほうが、税金の無駄遣いというものだと思うのですが、、、、
 
 選挙目当てで導入し、有効活用を図る啓蒙に失敗し、飛ばないから、その分、他県へ飛んで金を巻き上げてきて帳尻を合わそうなどとは、さぞやドクターヘリは泣いていることでしょう。

松井知事 沖縄は独立すると言うぞ と、、、、??

 

 
 

 
 

 
 
 
 やはり 維新の会の連中は頭がおかしいというしかないようです。といえば維新の会の他のメンバーには失礼なので松井と橋下は頭がおかしいと言いなおしましょうか。
 
 もはやオスプレイ八尾空港問題はすでに終わった、過去のあほな話だったと思っていましたが、言いだしっぺの本人たちは今だに名案だと思っているようです。
 
 松井知事はどうしても八尾空港でオスプレイの訓練をやらせたくて仕方がないようですが、八尾空港におけるオスプレイの訓練は米海兵隊にとって、必要なのか、可能なのか、必要でもなく、更に可能でもなければこんな話ははじめからすることではないでしょう。
 
 沖縄も基地負担の軽減には誰も反対する勢力はないでしょうけれども、オスプレイの訓練を沖縄以外のところで受け入れ可能であって、なおかつ米軍が有効に、効率的な訓練が出来る場所として八尾空港がぜひ必要だということなら初めて検討の課題に挙がる話です。
 
 米軍は今の沖縄には適切な基地飛行場、緊急に海外へ展開する場合の軍事港湾、野戦離着陸訓練などの演習場、諸島地域への展開用の離島演習場などすべてを普天間飛行場の近隣地域に持っていて、何も不自由な都会の小型機空港へ訓練の展開を望まないでしょう。 
 
 離着陸訓練だけが訓練だと思っていて、それを八尾空港でというなら、大昔から八尾空港はそれでなくても、都会地域にあって、主要な常駐小型機の離着陸訓練でさえ、時間を割り振ってごく少数に限定しているという現実があります。
 
 関西連合で受け入れないなら沖縄は独立するぞと言うぞとはどういう言うことなのでしょうか。
 
 橋下の慰安婦発言、松井のオスプレイ発言、見事に馬脚を現して、都会議員選挙ですでに結果が出てしまっています。
 
 あんたがしょうむないこと言わなければ沖縄は独立するぞなどと、よほどの馬鹿左翼でもない限り言わないでしょう。
 
 もうどうあがいても復活は無理でしょう。
 
 政治家でなくても、口から言葉を出す前には少し考えて喋ったほうが、身のためだということですが、しかし、程度が知れる発言ならしてもらったほうが有権者はだまされなくても良いという、効果はありますので、一概にあほな発言を非難することはないのでしょうが、、、

 豊岡ドクターヘリ フライトナース 放映、、、

 

 
 

 
 

 
 
 最近 あまりメデイアに取り上げられることがなかった、ドクターヘリの話題が読売テレビで取り上げていました。
 
 ちょうど一年前まで勤務していたところなので、出てくるメンバーの顔がほとんど知っている人で、なつかしく見いてしまいました。
 
 今回の切り口は、一人のフライトナースに密着し、その仕事ぶりと仲間や生活、悩みなどまで踏み込んでいました。
 
 今回取り上げられた看護師さんは高知県出身で31歳、看護師経験は9年と言うベテランですが、フライトナースの中では一番の若手の 女性です。
 
 1年1000回以上も飛行する豊岡のドクターヘリですから、2年間少しの間にこの看護師さんとは200回も飛んだでしょう。
 
 仕事を離れて、歓送迎会、忘年会など何度も食事会にも誘っていただいて、良い仕事仲間としてすごさせてもらいました。
 
 仕事を離れたら、ごく普通の女性ですが、あの修羅場の救急現場で気丈に良く活動できるものだと、感心していました。
 
 テレビで取り上げられると本当にすごい仕事なのですが、普段は非常に優しい、ちょっと恥ずかしがりやの普通の女性でした。
 
 重症の患者さんが瀕死の状態で、生死の間を行き来する本当に機微新現場であっても、ドクターやナースは全然 怯むこともなく、仕事にまい進している背中を見るときいつもすごいことだなーーと感心してみていましたが、テレビで放映されるといっそうその感を強くしました。
 
 皆さん 患者さんのために 今後も頑張ってください。

辛抱治朗を助けたPS2を作った会社 新明和工業、、、

 

 
 

  真ん中上の入り江の左側が新明和の工場です 海岸側がスロープになっていて飛行艇が出入りします
 
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 辛抱治朗ら2名を救助したPS2という日本が世界に誇る、飛行艇が一躍有名になってしまいました。
 
 新明和工業という、戦前に2式大艇というこれも日本が世界に誇る大型の飛行艇を作った実績のある会社が、米国による日本に対する長い航空禁止の期間に耐えて、戦後更に性能の高い飛行艇を作っていました。
 
 航空マニアでもない限り新明和工業という社名はほとんど知られていないでしょうし、かく言う私も飛行艇のことも含めてほとんど知らない方でした。
 
 私が自衛隊をやめてすぐ、入間の航空祭に家族で行ったときに、見たことを良く覚えています。
 
 確か昭和48年11月であったと思うのですが、私がお世話になったばかりの朝日ヘリコプターがベル214Bを導入したばかりで、デモフライトに2トントラックを吊り下げて、神田さんが飛ばれた航空ショーでした。
 
 そのときに海上自衛隊が導入したばかりの確かPS1という名であったと思うのですが、US2の基本系の飛行艇が展示されていて、その巨大な姿に驚いたものでした。
 
 その写真を撮っているときに見覚えのある顔が海自の制服に身を包んで、いましたので、お互いに顔を見合わせて オウ!と声を掛け合いました。
 
 奈良の幹部候補生学校での操縦英語課程で一緒だった、海自航空学生のパイロットで当時はサッカーやバーボールなどの区隊対抗試合で激しく争った相手でした。
 
 その馬鹿でかい飛行艇に乗っているということで、いろいろと詳しく説明してくれましたが、印象に残っているのはパイロットの風防のすぐ前についていた、風向風速計でした。着水したあと、離水時に風向風速を見るということでした。
 
 その後自分自身は、八尾空港を基地として長く飛ぶことが続きましたが、岡山や広島などへの行き来の途中、神戸の東灘にある、海に面した新明和の飛行艇の工場の付近を飛ぶとき、テストフライトや駐機中の飛行艇を見下ろして飛んだものでした。
 
 生産機数が少ないのか、テストフライトもそれほど頻繁にはしていなくて、工場が閑散としているような様子も長く続いたようです。
 
 八尾空港で例年行う、小型機やヘリのパイロット向けのセミナーには、新明和のテストパイロットの方も参加していただいていました。
 
 また飛行艇のPRビデオの撮影にヘリを使っていただいたこともあリました。
 
 戦前から伝統のある世界最高性能の飛行艇を作れる会社が戦後の航空工業界で世界をリードする技術力が十分にあったことでしょう。
 
 、戦勝国、米国によって航空を禁止され、もてる技術を生かして、生コンミキサー車やごみ収集車、空港のボーデングブリッジなど、物つくりを中心とした業種で生きながらえながらも、航空の夢を捨てることなく、世界一の飛行艇を今も造り続けるとは本当にすばらしい会社です。
 
 ノックダウンやライセンス生産の多い三菱や富士重、川重より、優秀といえるかも知れません。 と言ってもアメリカが大手重工に自由に航空機を作らせなかったなか、あまりメジャーでない飛行艇の開発には目をつぶったということなのでしょうか。
 
 
 

 間違ってやり直さない、、結局それが一番早い、、、

 

 
 
 飛行機に訓練生としてはじめて乗り始めたころ、印象深いことがありました。
 
 航空自衛隊 T34による訓練飛行でしたが、飛行前の外部点検が終わるころ教官が飛行機の所へ来ます。
 
 教官に敬礼して、異常の有無やその日の飛行科目の確認などを報告し、よしジャー行こうかという教官の言葉でコクピットに乗り込みます。
 
 訓練生が座席に座り、整備士が、ショルダーハーネスなどの装備を手伝ってくれながら、確認してくれます。
 
 やや遅れて教官は後席に乗り込むのですが、こちらが必死になってハーネスの装備、座席の位置の調整、ヘルメットの装備、無線コードの差込など全力でやっているのですが、後から乗り込んできた教官の方がはるかに早く準備が終わっていることが常でした。
 
 もちろんこちらは不慣れというハンデキャップがあるのですが、それにしてもこちらは必死で早く確実にしようと頑張っているのに、なにやらのんびり準備しているような教官のほうははるかに早く終わって、後方から何しとるんだというような視線をいつも感じたものです。
 
 そして自分が1万5000時間も飛行し、年寄りになって乗り出した、ドクターヘリの場面では、出動要請から3分30秒で離陸という状況が待ち構えていました。
 
 そのような場面では絶対に急いで、点検操作をしないという大原則を身につけることが重要だと思ったものでした。
 
 座席に乗り込んで、エンジンをスタートし、無線を入れて、情報を得、最後にヘリの各系統が正常であることを確認して飛び上がるまで、一連の流れで、準備、操作をするに当たって、ゆっくりと行う、そして絶対してはいけないことは、間違いを犯してやり直すことが絶対にないようにするということが最大重要なことでした。
 
 このようなやり方が結局一番早く離陸していけるということで、急いで急いで各操作や無線交信などをするような癖をつけると結局は、さまざまな間違いが生じそれを修正する手間や、それによる新たなリスクが生じる危険性はあるということを良く理解する必要があります。
 
 ドクターヘリに乗る前には、道路でよく見かける緊急走行の救急車が町を走るところに出くわしたときなど、ぶゆんびゅん飛ばしているという印象がありました。
 
 しかしドクターヘリで救急車と常に一緒に仕事をするようになって、救急車は如何に慎重にまたスムースに、また安全に走行しているかということを真近に見て、結局それが一番安全でしかも早く着けるということが良くわかりました。
 
 今日も町で走っているときに、とある交差点で救急車に道を譲りましたが、ゆったりとした速度で、しかもスムースに赤信号の交差点を十分確認して、走っていかれました。
 
 瀕死の救急患者の家族にとって見たらもっと飛ばせよと言いたくなる気持ちはわかりますが、ゆっくりスムースが結局、一番早く、確実に患者さんを送り届けることになるのはたぶんドクターヘリも救急車も変わらないのでしょう。
 
 必死で汗ぶるぶるかきながら、狭い座席で装備と戦っていた自分を後席で早々と準備終わって、待っていてくれた教官のゆったりした行動が、スクランブルで何回も飛んだ戦闘機乗りの自信だったのでしょう。
 

やっと梅雨本番、、がんばれドクターヘリ、、、

 

 
 
 
 気象庁の入梅宣言からほぼ1ヶ月過ぎて、やっと梅雨本番の季節になりました。
 
 先日までの強い雨は台風の影響による雨で梅雨時期の梅雨前線によるしとしと雨ではなく、集中豪雨タイプの積乱雲 雷雲によるものでしたので、気温も高く、集中豪雨の場所があるかと思えば少し離れていても晴れていたりする、夏のような天候でした。
 
 台風崩れの温帯低気圧の影響もなくなり、本来の梅雨前線による、しとしと雨、高い湿度、低視程 低い雲と本来の梅雨のいわゆるヘリコプターに取って、厄介な悪天候の時期になりそうです。
 
 本来ならばこの時期が入梅宣言の最適な時期と言えるかもしれません。
 
 この後 近畿地方付近では7月の中旬から20日ころにかけて、本格的な梅雨空が続き、最後に集中豪雨の時期が過ぎて梅雨明けとなるのが通常の年の天候の移り変わりです。
 
 もうひとつこの時期ヘリにとって厄介なのは、日本列島に横たわった梅雨前線が、北の高気圧と南の高気圧の勢力の微妙な勢力の変化で、北へあがったり南へ下がったりすることで大きな天候の変化が出ます。
 
 ということは気象庁が予報するお天気の予報が大きく外れて、晴れたり振ったりしますので、敵も去るもの曇り予報中心で一時雨と予報したり、ところによっては晴れ間もありますと、どちらに転ぶかわからないあいまいな予報が続きます。
 
 ヘリコプターの飛ぶ仕事でも天候が良いときまで待てるフライトもありますし、テレビの事件取材や極端なドクターヘリのように、一分一秒の遅延も許されない厳しいフライトもあります。
 
 更に厄介なことには梅雨時期の降雨による低視程に加えて、高い湿度のために山岳地帯にガスや低い雲がかかりやすいことも、山間部の飛行に大きく影響することが多々あります。
 
 このような天候を克服して安全確実に飛行し、また危険性のあるときに適切に飛行を控えてドクターカーに走ってもらう判断も大変重要な選択となります。
 
 そしてこのような適宜適切な判断を下して安全かつ効率的にヘリを飛ばすためにはやはり地域野地形と局地的な気象状況に精通していることが大変重要な条件となり、一丁一石ではその能力は中々身につくものではありません。
 
 このようなことが他府県連携という新しい流れに、対応するひとつの検討事項にもなるのですが、まずは自ら担当する地域の運航を極めるということが、一番に求められることでしょう。
 
 天候が悪いときの飛行方法の会得は、何よりも普段良い天候における飛行時に、悪天候を想定した飛行方法の研究をしながら飛ぶことで、いい天気だからといって漫然と飛ばないことが重要です。
 
 悪天候の時期にあたりドクターヘリ運航の安全と、十分な活躍を期待します。

大阪3馬鹿 真打 辛抱治朗 墓穴を掘る、、、

 

 
 
 やはり 悪いことは出来ないもので 次々とあやしい情報が漏れ出てきます。
 
 中年世代の しかも片方の方は全盲のヨットマンの純粋な夢のある大冒険とメデイアでもてはやされて、しかも片方の有名キャスターは人気番組を抱えた身でそれを長期間休んでまでと国民は皆ころっとだまされていたのでしょうか。
 
 しかも出発前には時の総理に単独インタビューの機会まで与えてもらい、冒険に激励まで受けたというからいい加減にしろといいたくもなります。
 
 どうやらこの冒険茶番劇は、日テレの今年度の24時間テレビの大きな目玉企画であったようで、出発の日は早くから決めていて、多くのやらせ取材が入れてあったことでしょう。
 
 よって出発の日にちは変更不可能で、ヨットに水漏れの不具合があるのに、応急処置をしただけで出発したということを自身がブログで取り上げていて、事故後消去したそうですから、確信犯でしょう。
 
 そして 太平洋を横断するときは一部始終 自分自身が取材をし、ネットで中継し、やらせ番組を作る予定であったのでしょう。
 
 使うヨットが 間 貫平が使った物、そのものを使うとは何かおかしいと感じていましたが、この企画自体、吉本興業と日本テレビが仕組んだ冒険劇で、辛抱治朗と盲目のヨットマンはそれなりのギャラで契約していたのでしょう。
 
 テレビ番組ですからことは時間通りに進めてもらわないと話になりませんから、水が漏れようと嵐がこようが止めるわけにも遅らせるわけにもいかなかったのでしょう。
 
 漏水があることは出発時からわかっていたのですから、国内支援基地からは絶対に艇を捨てて逃げることなど許されないことであったでしょうから、ポンプを使うなどどんなことをしても、排水しろと指示したことでしょう。
 
 しかも漏水が始まった原因は何かがヨットの底に当たったとでも言うしかなかったのでしょう。たぶんこれはでまかせでしょう。
 
 しかし二人は状態が自分たちが一番良くわかりますから、命が惜しくて、やむを得ず救命ボートに逃げたのでしょう。 そして支援基地では仕方なく海上保安庁に救助要請となってしまったのでしょう。
 
 この似非冒険劇は、24時間テレビで何回もやらせで走っている、なんじゃらマラソンと同じ企画であったと正直に白状するべきでしょう。
 
 どうも胡散臭いものを感じていたので、わがブログ愛読者さんたちからの情報で話が繋がって来ました。
 
 こんな馬鹿げた冒険劇に、命を張ってまで救出の着水を敢行した、US2のクルーこそいい面の皮でした。本当に事故にならなくて良かったと思います。
 
 一見華やかなテレビ局も、偉そうに御託を並べるキャスターも要は金のためなら何でもするというトンでも実例がここに暴露されようとしています。
 
 素直に謝ったほうが傷は小さくすむと思います。うそにうそを重ねたら取り返しがつかなくなります。
 
 あははは そんなやわな人間なら面の皮の厚いテレビ局のキャスターなど務まりません、、、、ですかーー
 
 そして メデイアはこの話題に関して、ひたすら沈黙を守り、国民が一刻も早くこの話題を忘れてくれるように、次々とくだらない報道を繰り返すことでしょう。

 ヨット遭難(2)、、、

   世界遺産登録決定の日(6月22日)の富士山の様子、、
 
 

 
 

 
 
 今回の辛抱氏の遭難は様々なことを世の中に語りかけているようです。
 
  一つ目はやはりこの冒険劇が果たして、テレビメデイアが企画した軽い乗りの軽率な冒険でなかったどうかということではないでしょうか。
 
 この太平洋横断の企画の前に吉本の間カンペイ氏が同じヨットで横断を果たしましたがそれに続けという軽い気持ちが企画を起こしたということがないかどうか厳しく問われることでしょう。
 
 2つ目は救助劇に大活躍したUS2の高性能があげられることでしょう。
 
 武器輸出3原則の取り決めで、外国に輸出できなかったこの機体は、新たにインドに輸出できる見通しが出始めたこの時期に性能の高さを遺憾なく世界に知らしめるに非常によい救出劇でした。
 
 しかし波高制限ぎりぎりかそれを上回る状況で、一番機は着水を強行出来ないで、引き換えしていますし、2番機は日没時間ぎりぎりになんとか着水に成功し、無事救出しましたが、非常ににぎりぎりの状態であったことが想像できます。
 
 過去には高い波高のときに着水し、艇体を波に打ち付けて事故を起こした例があったように記憶していますが、夜間であったかも知れません。
 
 3つ目はいつも遭難のときに話題になる、捜索救助費用の件です。
 
 山岳遭難などは、捜索に今日録してもらう、地元山岳会のかたがたへの日当の支払いや、民間ヘリを要請した場合の高額な費用が自己負担となり、山岳保険などから支払われるというような例もあり、個人が負担する原則もあるようです。
 
 海難の場合はほとんどが公的な期間の捜索救難なので費用負担はないようです。
 
 さまざまなことが取り上げられて、今回の救出劇を総括されることになりますが、結果としてめでたしめでたしとはならない、メヂアを含んだ問題点があぶりだされるでしょう。
 
 今日本に起こるさまざまな問題はメヂアのあり方に起因することが多くあり、そのことが問題点の真実からわざとはずすような結果となっているのではないかと危惧します。
 
 
 
 
 

不順な天候とヨット遭難、、、

 

 
 
 梅雨の末期を思わせるような集中豪雨が空梅雨にひきつずいて、いきなりやってきました。
 
 水不足の日本列島に恵みの雨をもたらすかと思いきや、集中豪雨被害とは本当に自然はままならないものです。
 
 台風崩れの熱帯低気圧が長く日本列島の付近に居座ると、雨の降る期間が長引いて地面は水分を吸収できなくなって集中豪雨被害が拡大する恐れがあるようです。
 
 紀伊半島や四国の雨の多い地域では、ダムの貯水はすでに満水となっているのではないでしょうか。
 
 このような天候の中、太平洋横断の冒険に、盲目のヨットマンとともに出た、たかじんのそこまで行って委員会の司会者 辛抱次郎穴が乗るヨットが浸水し、二人はすでにゴムボートに乗り移ったというニュースが流れました。
 
 近海に台風が長く居座ると、その影響で波やうねりが強い状態が長く津髄手危険な状態になったのでしょうが、台風がまだ少ないこの時期を狙って航海にだ他のでしょうが、それも自然が人間をあざ笑うかのように、試練を与えてしまったようです。
 
 1000キロも離れた太平洋上ですので、無事に救出されることを願いますが、救助も悪天候の中大変でしょうがぜひがんばってあげてほしいものです。
 
 関西にはこの辛抱次郎や宮根アナ、間テレの山本アナ そしてアナではないですが,やしきたかじん、そして 橋下 徹とそうそうたる面々が目白押しですが、比較的お騒がせが多くて、それ以上のひょかというものがいまひとつでした。
 
 
 
 今回の辛抱アナの遭難もそのひとつのお騒がせとして評価さえてしまいそうです。
 
 
  その後のニュースで無事救出されたようです よかった よかった!!
プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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