原油値上がりとドクターヘリ、、、、、


 原油があがり、各方面に大きな影響が出てきているようです。

 自家用車を持つ一家庭あたりのガソリン代や灯油にかかる、負担増はおおむね年間3万円程度で、あまり大きな影響はないという数字が出ています。

 ただし、それは直接の影響であって、間接的には、トラックなどの輸送業界の痛手が、物価の値上がりや、全般の賃金の低下等に影響を与えて、社会全対としてはさらに大きな、影響がでる恐れがあるそうです。

 ドクターヘリは大丈夫でしょうか。

 ドクターヘリは中型のヘリを使っていますので、1時間あたりの燃料消費は約250リッターくらいです。

 年間 200時間から300時間程度飛行しますので、50000リッターから75000リッターくらい消費するでしょうか。

 ジェット燃料で定期便の航空機が使うものとおなじものですが、給油はタンクローリーから直接給油する設備がないところがほとんどなので、ドラム缶詰めにして、配送してもらって入れています。

 輸送費用別でリッター100円程度ですので、500万円から750万円くらいでしょうか。

 年間の運航契約として支払われる金額が1.5億円程度ですから、燃料ににかかる費用はこの総額の20分の1程度です。比率としてはかなり少ないでしょう。

 よって 燃料の価格が高騰し、2割3割上がっても、負担増は100万円200万円の増加なのでそれほどの影響はないと考えられます。

 それよりも、ほかの要素の費用の負担増のほうが はるかに影響が大きいように思います。

 たとえば給油する施設を新たに設置したり、給油用のヘリポートを設定したりすると、普通に1000万円単位の費用がかかります。これを運航者で負担するとなるととても、耐えられない金額でしょう。

 ほかには、ヘリコプター整備費用の思わぬ増加などが発生すると、とても痛い事になります。

 エンジンの思わぬ故障などでは1000万円単位の費用はどんどんかかりますし、それほど重要な部分でなくても、計器類は普通に100万円単位です。

 無線機や、GPS、等 アビオニクスは100万200万の単位 です。故障したら直さないわけにはいきません。

 機体のあたりがよければ運良く壊れませんし、運がよくても、何年も使用していると経年変化で普通に故障というものが発生してきます。

 契約で支払われる、金額に対して、完全に読めない大きな出費が各所で発生する大きなリスクを抱えた経営となっています。

 高騰する燃料費はあまり大きな影響はないでしょうが、他の変動する色々な要素に果たして健全経営が成り立つものかどうか、かなりの心配がありそうです。

 色々は出費に対して、人件費のカットで帳尻を合わせるような事がなければいいのですが。これはタクシー業界やトラック業界が燃料費の高騰を人件費のカットで調整するのではないかという懸念が
根強くあるそうです。

 このようなリスクを回避して安定した経営でヘリを飛ばすには、防災ヘリ方式がいいのですが。

 ヘリコプターは都道府県もちで運航会社は運航要員を派遣して運航を請け負う形です。

 修理や検査費用はすべて県負担です。予備部品 予備機 運航施設 燃料 すべて県が負担します。

 きわめて健全経営となるでしょう。

 原油価格の高騰から少し飛躍して考えて見ました。

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ヘリコプターに雷は落ちるか、、、、、


航空機には雷が当たって、翼に穴が開いたり、機種のレーダードームが飛んでしまったりする、事例がたまに起こっています。

 昭和40年代に小松基地の夜間飛行中のF104Jに直撃し、いきなり全電気系統がこわれ操縦不能になってパイロットは脱出し、機体は民家を直撃して5名の方が亡くなる大事故が起こっています。

 その後は固定翼の場合大事故になった例はないようです。

 一般的にヘリコプターには雷が直撃したという例はあまりないようですが、1件知っています。

 それは昭和50年8月のはじめだったと思います。

 ベル47で中国地方の山間部を送電線パトロールで飛んでいるときでした。梅雨が明けて10日くらいは安定した晴天が続くのですが、8月にはいると、雷3日という言葉のとうり、雷が3日続いた日だったと思います。

 朝から 広い範囲で雷雲が発生していました。区域を分けて送電線パトロールで飛行していましたが、北のほうへ飛びましたところ、雷雲に会い、飛行中止し今度は飛行区域を変え、南の方の区域に飛びました。

 空ははじめのころはそう暗くなかったのですが、低い送電線に沿って、飛ぶうちに局地的に暗くなってきて、少し雨が降り出しました。後 送電線鉄塔3基で 変電所まで行ったら、明るい逆方向へ飛ぶ順番でした。

 その瞬間、2基前方の鉄塔にいきなり、稲光が鉄塔の頭頂部に落ちました。目もくらむくらいの雷光でした。

 距離にして100メートルくらいでした。

 空はそれほど暗くないし、雨もそれほどではなかったのですが、いきなりという感じでした。無線機には近くの雷のノイズが入っていましたので、ある程度は警戒していたのですが。

 すぐにパトロールは中止して、谷沿いに低い高度でヘリポートまで、逃げて帰りました。

 その日はフライトは中止とし、ホテルに帰って、ニュースを見ていると、陸自のH500が瀬戸内海をはさんで反対側の香川県で落雷がテールローターを直撃し、4名の方が亡くなったそうでした。

 その日は非常に不安定な大気状態で、西日本全域に雷注意報が出ていたようです。

 たまたま同じように飛行していて片方は直撃を食らって墜落、我が方は無事でした。

 この経験が雷に会ったうちでも最高の危機体験でした。

 航空機は電位の関係で雷は落ちることはないようですが、たまたま落雷の道筋に入る事が雷の直撃を受ける原因だそうです。

 その後何回も雷光の中を飛ばざるを得ないことも多くありましたが、たまたま 運が良くてあたったことはありません。
 

これでいいのか航空事故調査、、、、、、


 今年に入って4件のヘリコプター事故が発生し、5名の方が亡くなっています。

 事故が報道され、それぞれの原因らしいものは、なんとなく漏れ伝わってきてはいます。

 大きな航空機事故の場合は、報道関係の原因に迫る圧力が強いので、事故調査委員会もある程度の原因が特定できた早い段階で、中間報告としてマスコミに発表するようですが、ヘリコプターや小型機の事故の場合は最終の報告書までは、なんら発表されないことがほとんどです。

 事故発生から短くても1年もたって、世間がほとんど忘れたころに事故調査報告書が発表されることがほとんどです。

 そのようなやり方では、事故の再発防止という面から見て、航空事故調査制度が十分に役に立っていないのではないかと思ってしまいます。

 航空局は小型機の事故が多発した時には、注意喚起の文書を小型機 ヘリ運航者に通知して事故の発生をしないようにはかっています。

 しかしそれは事故の原因や対策に迫る内容であることはほとんどなく、全般的な注意喚起でしかなく、いわゆる、応援団式事故防止策です。

 やらないよりやったほうがましという程度かもしれません。

 事故の原因がある程度特定できた段階で事業者 運航者にそれを公開して具体的な対策を採るように指導してしかるべきだと思います。

 もうひとつ大事な点なのですが、これは欧米の航空事故調査と比較して日本は大きく遅れていると言われている点です。

 いったん航空事故が起こると、人が死傷したり、物が壊れたり、あるいは航空に危険を生じせしめたりしますので、関係者は当然のごとく、業務上過失致死傷、航空機危険罪の被疑者となります。

 事故の発生と同時に警察関係の司法当局が、被疑者の違法行為を立証するための捜査を開始します。

 と同時に鉄道航空事故調査委員会が再発防止のための調査を始めます。

 被疑者は法的には自分に不利な証言を拒むことが許されていますが、事故調査でそのようなことをされると再発防止に役立つような調査はとても出来ないでしょう。

 過去の航空事故裁判で航空事故調査報告書をそのまま証拠として採用した裁判長がいるくらいです。

 パイッロトが事故死していて、残された会社関係者が自分たちに不利な証言をするでしょうか。

 事故調査と犯罪捜査が同居する航空事故調査システム このままではどうも良くないような気がするのは私だけではないと思います。

 

あと40機のドクターヘリが導入されるとすると、、、、


 今年度3月末までに3機のドクターヘリが導入されることが決まっていて、すでに埼玉県のドクターヘリは10月に飛行を開始しています。

 今後、1年に3機から4機は新たに導入されそうです。

 公明党などの導入に積極的な意見や他府県の導入に刺激された県民の要求で一挙に導入が進む可能性もありそうです。

 ヘリ会社の求人も出だしたようです。

 ここでやはり問題なのは、要員の選定と訓練でしょう。

 条件にあった応募者殺到で、採用者側はより取り見取り、とは行かないようです。

 おおむね2000時間の飛行経歴で、双発機をすでに飛ばすことが出来る人は、何らかの仕事にすでに就いていて、ドクターヘリの募集があったからといって転職してくる人たちは少ないようです。

 転職組みはほぼ単発機に資格しかないか、海外でほぼ双発の限定資格を取ったのみで、実務経験のない人が多いようです。

 そのような人を採用すると、同型機50時間の経験をつけさせるには、3ヶ月以上の期間と、社内飛行での訓練で1000万円以上の金が出るかも知れません。

 それを終えてやっとドクターヘリの要員の資格が出来るのですが、そこから初めてドクターヘリの運航の実務訓練をやれるのですが、そこで狭い場所での離着陸能力や、航法能力を確認することになります。

 つまり、飛行能力はすでにあって、双発同型機に資格のみがない人しか採用できないと言うことになります。

 このようなパイロット要員が年間3ないし4機分10名ずつ新たに確保できるかどうか、かなり難しいでしょう。

 あと40機入るとして120名程度を5年から7,8年で確保できるかどうか、見通しは暗いかも知れません。

 そうなると運航会社はパイロットに求める基準を下げるように動くとともに、他社からの引き抜き合戦になるかも知れません。

 県によっては防災ヘリと同じように自主運航をやるところが出てくるかも知れませんが、ピーク時には年間10機導入 大混乱となる可能性もあるでしょう。

 さーどうする ドクターへり

ヘリコプター会社の最大の売り物 運航の安全性、、、、、


 ドクターヘリに限らず、ヘリコプターの運航にはかなりの危険性が伴います。それは事故の多さや犠牲者の数がそのことを物語っています。

 ヘリコプター会社は契約の競争において、自社の安全性を最大の売り物にすれば、好条件で契約を取れそうに思えまますが、現実はそうはなっていません。

 一般的に考えれば安全性の高い会社が好条件で多くの契約を取れそうに思えるのですが、そうならないのはわけがあります。

 大手2社は年間2万時間程度、飛行しますので、多い年には2件程度、少ない時でも数年に1度ならず事故を起こしています。またその事故2回に一回程度は死亡事故になっているようです。

 ですから、5年も大手の会社に勤務していれば、必ず同僚の誰かが犠牲になるほど、危険性に富んだ職業です。

 パイロットの中でも一番危険性が高いと言われている戦闘機操縦士より、危険かもしれません。

 このような状態でありますから、自社の運航の安全性について、売り込むことは、事故が起こったりしたらまともに自分の首を絞めることになるから、そのようなことには深く触れたくないのが実情かも知れません。

 これだけ事故が多いと、実は 安全の決め手や、対策などに本当に効果のある手を打つと言うことが非常に難しいのが実情です。
 
 ですから、顧客に対して、自社の安全施策や安全管理体制について、他社よりも秀でているなどと訴えることはほとんど出来ないのでしょう。

 また、運航当事者や部門の長でさえ、なにが安全の決め手であるのか良くわからないほど事故多発の状況の中、経営者や、営業部門、総務部門などが、安全に無関心になるのもある程度やむを得ないかもわかりません。

 ある大手の経営者は安全活動をする委員とコストダウン活動をする委員がほぼ同じメンバーだったので二つの活動を一緒くたにさせると言う離れ業をもっともらしくやらしたほど理解が出来ていない状況があったようです。

 安全活動とコストダウン活動はまったく正反対の面があることは常識中の常識でしょう。

 売り込むヘリ会社にこのような事情があるので、顧客 発注側も 安全にはほとんど興味を示さないところがほとんどのようです。無事故とかを条件に入れたらどこも入札できなくなってしまうからでしょう。

 しかし、安全は もちろん、無事故だけではありません。要求される操縦士2000時間の経験もひとつの安全の目安でしょうが、ほかにいくらでも安全のために出来ることはありそうです。

 運航開始までにパイロットにこれこれこのような訓練を実施します。整備士にはこうこうこうです。

 ヘリコプターはこのように整備点検 維持します。ヘリポート、ランデブーポイントの調査管理はこのようにします。要員の勤務体制はこのようにします。

 あるいは発注者からこのようにしてくださいと言うような要求、基準の提示、どうも十分ではないようにも見受けられます。

 このような安全に関する発注者と受注者のやりとり、どうも十分出来ているのか少し心配になります。

 事故の多い業界と不勉強な発注者 どうも健全な安全管理体制の構築はやはり無理でしょうか。

 

 

育ててくれた大先輩たち、、、、、


 空を飛びだして40年になりました。

 自分を大空へ導いていただいた大先輩たち、多くの人たちの導きのおかげで、今 60歳近くなっても無事に飛び続けることが出来ています。

 今日はその導いていただいた大先輩たちを思い返して見ます。なにぶん古い話なのでフルネームでは思い出せない方々もあり、大変失礼に思いますが、記録として感謝をこめて記したいと思います。

 個人情報 プライバシーに関わる内容ですが なにとぞ お許しください。

 昭和43年5月 航空自衛隊の航空学生基礎課程中の適性検査のフライトが生まれて初めて操縦桿を握った初体験です。

 防府の適性検査隊の教官 和気2尉が生まれてはじめての飛行に指導していただきました。その後全日空へ転進されたとうわさを聞きました。約7フライト7時間の飛行でした。何とか適正検査は合格となり次のステップへと進むことがかないました。

 1年半後T34の訓練で静浜基地で、知多2尉が基本の基本を教授していただきました。ソロ直前にペアの同僚本間君とタッチアンドゴー訓練中タッチダウンポイント付近にハイラウンドアウトからクラッシュ大変なことになってしまいました。

 事故のショックのあとの、生まれてはじめての単独飛行のチェックアウトは先日、急遽された防大5期 半田1尉 大変やさしいコマンダーでした。

 T1に進んでジェット機の基本を教えていただいた、末長2尉 後に104のスピリットフラップで千歳で殉職されました。クールで口数すくない、本当の戦闘機乗りはこうなんだと思っていました。

 なかなか ソロに出れなくて3名残ったうち他の2名はエルミネイトになった中で、チェックアウトしていただいた村岡3佐 やさしいコマンダーでした。

 T33では最初からさいごまでやさしく導いていただいた、城 保徳 教官 何とか首をつなげていただきました。

 ヘリコプターに変って初めて一緒に飛んでいただいたのは、福田総理の担当機長 運航部長をなさっていた、1式陸攻の 岩崎部長 小説 戦記 物資輸送教本 などなど 多くの本を出版されています。

 そして主任教官として、今は亡き 宮田豊昭さん 教官として北村さん 何とか ヘリコプターのパイロットにしていただきました。

 ヘリパイ基本の農薬散布を指導していただいたのは、小幡さん、隼に乗っておられた物静かで、もっとも男らしい飛び方でした。茨城県有数の酪農家として牛を飼いながら、ヘリパイをやっておられたようです。

 そして204bの限定変更訓練 OJT実務訓練をやっていただいた、かの有名な 神田さん 必ず追い越すぞと意気込んで訓練を受けたものです。少しはその域に近づけたかな 反省 です。

 思えばすばらしい多くの先輩方の導きで 何とかここまで来ましたが、果たして 自分はそれだけの恩返しが後輩たちに出来たかなと思えば恥ずかしい限りです。

 まだ少しは時間があるから、がんばって何かを残したいものです。

 

長く休航する防災ヘリ、県警ヘリ、消防ヘリ、さてドクターヘリは、、、、


 一般にヘリコプターは、定期的な整備をしないと、飛べないというようになっています。

 どの程度の休航日が出るかということは、機種によってほぼ決まっています。

 おおむね官庁が使用するヘリコプターは、1年に60日程度は飛べない日があるようです。

 そのために、緊急発進するような、重要な任務をもつヘリコプターを使用する官庁は2機持っているところが多いようです。

 つまりおおむね経費が2倍かかるのが普通でしょう。

 しかし、普通の県防災ヘリや市消防ヘリは経費の負担が出来ないので、1機しか保有できず、隣県と休航時の相互応援協定を結んでいることが普通です。

 さらには、県は防災ヘリと県警へりを違う部署ではありますが、保有していることが多いので、お互いの任務をカバーしあうこともある程度は出来るようです。

 ここでドクターヘリという形態のヘリコプターが、導入されるに当たって、この3機である程度お互いをカバーしあうということが、検討もされませんでした。

 それは なぜかというと、先発でこの業種に参入した大手連合は、厚生省などと話をつけ、予備機がないと入札に入れないように条件をつけさせてしまったからです。

 それを今頃になって、予備機にかかる経費を支払うように言い出しています。

 はじめはただで予備機を用意すると言っておきながら今になってその分を支払えというような恥知らずなことを言い出しています。

 そうならば当初の契約条件の設定において、予備機を持つか、あるいは既存のへりでカバーするかの選択も発注者に選んでもらっておくことが当たり前の話ではないでしょうか。

 いずれにしても、就航率のあまりにも行き過ぎた要求は、点検や故障の対処をすることに対する不安全要素にならないかと心配にもなります。

 予備機を持っていたとしても、入れ替えには時間がかかりますし、屋上へリポートの場合は物理的にそれが出来ない可能性もあります。

 365日休みなく稼動状態にすることは、理想ではありますし、わが社はそれを万全の体制でやりますなどと、甘い売り込み口上は耳に心地よいかもしれませんが、そのような顧客をだますような売込みが逆に不信感を持たれていることも現実です。

 安全のためにはヘリを止めることもたいへん重要です。

高速道路着陸問題、、、、、


 ドクターヘリが飛び出してはや5年過ぎました。

 その救命効果はすでに、誰もが認めることは間違いないでしょう。

 高速道路におけるその効果もかなり期待されてはいるようですが、いまだに高速道路自体に離着陸することに関して関係省庁の合意に至っていません。

 今でも着陸は出来ないという状態が続いているようです。

 色々な懸念があって、合意にいたらないという事は、理解できるのですが、どうもその検討があまりにも遅いのはどうしたものでしょう。

 救命のために、着陸をすることを目指して検討、調整をしているのか、はたまた安全に離着陸を行うことを目指して何か具体的な行動をしようとしているのかどうも良くわかりません。

 ただ単に調整事項をあげて、関係省庁が相談しようというような消極的な姿勢であるような気がします。

 それぞれ 各所が出来ることから解決していかないと、前進はないように見えています。

 根本的な問題は、誰がこの問題の責任者なのかわからないことでしょう。烏合の衆がわいわいがやがややっているだけでしょう。

 やはりこの問題の一番の当事者は高速道路会社であるべきだと思います。

 高速道路会社がヘリコプターを使って、事故時の救命をやろうという気にならないとはじまらないでしょう。

 高速道路会社が他の通行者の安全のために、ヘリコプターを使うことをしないという結論なら他がいくらどうこう言っても始まらないでしょう。

 通行者は事故を起こしたらドクターヘリの助けはないものと思うしかありません。

 高速道路会社がヘリを使うという決定をするなら、初めてどのようにやろうかという協議がはじめて開始できるでしょう。

 そうなれば、緊急駐車帯を広げて着陸しやすくする。対面側の通行を止めないと危険かどうか実験する。片側1車線の場合の離着陸の可能性 安全性をテストする。

 色々なことを試してその安全性 確実性を確認する必要があるでしょう。

 高速道路の広さでランクわけして、離着陸の難易度の目安にする調査は行ったようですが、それがいったい何になったのでしょう。

 航空局は法79条の要件をかたくなに守れと言えば片側1車線のところには永久に着陸できないでしょう。

 両方向止めるのに1時間かかると警察が言えば、重傷者は亡くなるでしょう。

 今後10年程度は高速道路で事故を起こさないようによほど注意しないといけません。

 ドクターヘリが助けに来ることはないでしょうから。
 

当て舵、見越しの舵、無駄舵、、、、、


 ヘリコプターに限らず、動く機械を操縦するときは、当て舵、見越しの舵、無駄舵、ということが言われます。

 この3つの舵の特性を理解して、うまくコントロールすることが基本となります。

 車の運転もまったく同じ原理です。

 この舵というものには、車の場合ハンドルだけではなく、ブレーキもアクセルも同じです。

 ヘリコプターの場合は サイクリック(操縦桿)ピッチレバー(出力)ラダー(方向舵)の3つとなりますし、飛行機の場合はピッチレバーの代わりにスロットルとなります。

 まず 当て舵とは、安定状態(水平直線飛行等)から真横へ倒したら、ヘリの傾きが倒した方向へ始まります。一定の傾きのところで止めて安定した旋回に入れるためには、その傾きを所望のところで止めてやる必要があります。

 そのためには操縦桿を少しだけ最初に使った方向と逆に戻してやります。これが当て舵です。

 最初に動かすときに大きく動かせば傾く速度が大きく、小さく動かせばゆっくりと傾いていきます。

 よって早く動いていくときは、より大きな当て舵が必要となります。この当て舵の操作はもちろんラダーピッチレバーもほぼ同じ動きを必要とします。

 みこしの舵とは、車のブレーキの場合がわかりやすいでしょう。一定のところに止めるにはどこからブレーキを踏み始めるかというのが見越しの舵です。

 下り道では早めに、登りの道では遅くてもスムースに止まれるでしょう、踏み始めるときのスピードで
どこから踏むかということが非常に重要です。

 これも3舵それぞれ微妙に違った見越し量(リード)の判断とブレーキ(舵)の使用量が操作のうまい下手を決めてしまいます。

 車の運転は比較的簡単なので、見越しの舵や当て舵をいちいち考えながらやる人は本当の初心者飲みでしょう。

 ヘリコプターの操縦においても、初心者はそれをマスターできるかどうかが非常に重要な要素です。

 このような微妙な舵を使わないとヘリコプターはまともに飛ばないのですが、そこにひとつの落とし穴があります。

 それは一般に無駄舵といわれる操作ですが、小さな微妙な舵を使ううちに、自分の操作した舵の量とその効きを十分に理解確認できないうちに、次の修正操舵をしてしまい、またこのようなこと無意識に繰り返してしまって、操縦桿を常に小さく意味もなく動かしてしまうパイロットが多くいます。

 このような操縦を長く続けていると、本当に安定した、細かいコントロールが出来ないようなパイロットになってしまいます。

 最近のヘリコプターにはSAS(自動安定装置)が装備されていて、パイロットが決めた姿勢を維持するように自動的にローターの制御を細かくやってくれます。

 良く見ていると、ローターの回転トラックが微妙に変化して、制御してくれているのが良くわかります。

 無駄舵を使うパイロットには自分が制御したのかSASが制御してくれているのかわからないでしょう。

ヘリコプターからの落し物、、、、、、


 定期便の航空機から、時々フラップの部品が落ちたり、上空で機体についた氷の塊が落ちたりして、時々、新聞やテレビのニュースでとりあげられたりします。

 ヘリコプターの場合はもう少し頻繁にそのようなことが起こっているようですが、飛行区域が山間部や過疎地が多いので、報道で取り上げられることはほとんどありませんでした。

 まず一番多いのが、物資輸送で吊り上げた荷物が突然上空から落下することがありました。鉄塔の部材を落としたり、バケットに入れた生コンが落ちていったりしました。

 いずれも重さ1トン2トンの重量物ですから、人や物に当たれば大変なことになります。

 そのような恐れがないように、飛行経路はそのつど一番安全な経路をとりますし、どうしても道路などを横断しなければならないときは、警備員を配置して安全を計っています。

 そのほかに多いのはヘリコプターのドアがありました。もともとヘリコプターは自動車ほどの完成度に遠く及ばない程度のつくりです。

 最近になってヘリのドアやっとは安物の車程度の建付けとなっています。

 以前はしまりが悪かったり、飛行中突然開いたり、最悪の場合は飛行中 ドアー1枚ごと落下したことも数件ではありません。

 トヨタの社内便のベル230に乗った取締役の脇のドアのロックがはずれ半ドア状態で押さえながら飛ばざるを得なかったことがありました。ヘリコプターはなんとお粗末なんだと言ったとか というようなことがありました。

 もう25年も前の話ですが、AS350で長期間に渉るJRの調査撮影の仕事が入り、その最初の打ち合わせの日と、機体の耐空検査のテストフライトの日が重なり、先輩にテストをお願いして、打ち合わせに行って帰宅しました。

 ビールを飲みながら何気なくNHKのローカルニュースを見ていたら、ヘリのドアが写っています。

 なんと自分が乗ってテストをやるヘリのドアーでした。JRの要請でドアーに『安全はわれらの願い』と書いたのですから一目瞭然でした(笑)次の日出勤して聞いたら VNE(最高速度)テストで飛んで落ちたそうです。

 ドアのトラブルではパイロットが座席とドアの間にライセンスの入ったかばんを置いていて、飛行中突然開いて、下の山中へ落としてしまい、再発行まで一月以上飛べなかったと言う笑えない話もあります。

 報道取材のテレビ中継用に機体荷取り付けてあったアンテナが知らない間に落下し、数週間後とある大学病院へ入っていた造園業者から、アンテナに着いた放送局名から電話がかかり、無事(?)返してもらったようなこともありました。

 自分自身が落としたのは、バケットごとの生コン 木材 撮影用資料地図 鉄塔部材 くらいです。

 その点、ドクターヘリはドアのトラブルさえなければものを落とすようなことはなさそうです。

プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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