大谷選手の故障とパイロット人生、、、

大谷選手の故障のニュースに接して、パイロットの人生についてふと考えてしまいます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/ed906ed0f44b73e145e28f8aabad860fb69ea753
大谷選手のような偉大な選手でも、10歳以下から野球を始めていわゆる一流選手としての技術のピークはほぼ25歳くらいから35歳くらいで、プロとして通用するのはその前後ほぼ5年くらいですから長くて20年というところです。
普通の人は20歳くらいから60歳くらいまでで、人生80年のうち半分の40年というところでしょう。
パイロットにもいろいろ有りますが、いわゆるプロ野球選手と同じ年代しか働けないのが戦闘機パイロットで、25歳から40歳くらいで40を過ぎると激務に耐えられないというか、100億円の機体を任せて有効に飛べるのは40歳が限界というところで、大谷と同じように体を壊せば30代でもアウトになるようです。
ヘリのパイロットは25歳から65歳くらいまで使える仕事は多くありますが、一日中 6時間も7時間も生コンや木材を運ぶのは50歳を過ぎると、はっきり言えば下手糞になり効率が落ち体力が持たないのが実情で、ごく一部の者しかできなくなるのが普通です。
ドクターヘリのような一日に一時間しか飛ばない仕事でも、60になるとパイロットとしての性能が落ちてきて、できるだけぼろを出さないように続けるしかなくなります。
つまり人間のどんな仕事でも賞味期限があり、あまりにその賞味期限に逆らって続けることは、代替者がいるならあまり進められないでしょう。
大谷は最新医療で再生できると良いのですが下手をすると消える可能性すらあるでしょう。
さてここで人生の後ろが決まるパイロット人生で、できるだけ長く、優秀なままフライトに専念してもらうには、いったい何が重要かということに気が着くべきでしょう。
それは人間の体力気力が旺盛で、何事もいち早く吸収できるような年代から、パイロットとして専門教育を施して、少なくとも25歳程度までには、必要な技量と知識経験を会得さえることが大変重要なのですが、、、
ですから適応年齢の学生から選抜し、国家の機関で集中教育し、できるだけ早くプロとしてのスタートを切らせることが大変重要なこととなります。
30歳を過ぎてから、夢を実現するため、職業を変えて、自費訓練をスタートし、35歳で何とかプロになる苦労話も悪くはありませんが、プロ野球選手も、厳しい条件で飛ぶパイロットも35歳はそろそろ引退を考えて第2の人生へ進むべき年代となります。
体力も技量も知識も大していらない、ただ飛ぶだけのパイロットならそれでも良いでしょうけれども、一流のパイロットはたまたま育つのを待つのではなく、それなりの環境を与えて強制的に育成するべきものでしょう。
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超ベテラン、ドクターヘリパイロット引退、、、

https://twitter.com/mrekmlerr/status/1689636036069216258
ドクターヘリのネット情報を見ていると、元同僚のM君がついに引退したという書き込みがあったので紹介します。
写真はほぼ20年前、パイロットの情報交換の会合で、神戸空港の開港に関する説明を神戸市の担当者が行っている様子です。
当時はまだドクターヘリが本当の初期のころで、のちに自分もM君もまさか同じ会社でドクターヘリを飛ばすことになろうとは想像もできなかった時代でした。
M君はもともと農薬散布専業の会社のパイロットなので、条件の悪い場所への不整地着陸と低空飛行の名人でドクターヘリの運航には打ってつけの経歴で、私が引退してから10年も飛び続け、7000回の出動実績を重ねたそうですから、日本一のドクターヘリ実績を記録したパイロットでしょう。
私は5年ほどで1500回くらいしか飛んでいませんのでとても足元にも及ばない回数しかありませんでしたが、一応いろいろなことを知っているので、恥ずかしくも偉そうなことを書き綴っていますが、、、
M君は会社の中心のドクターヘリパイロットとして、一番の実績を上げ、無事故で引退を迎えたことは本当に喜ばしいことでした。
大変お疲れ様でした。 老後はゆっくりと人生を振り返りながら孫と遊んであげてください。
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ドクターヘリパイロットは待機中何してる???

写真は中国人研修者に英語でドクターヘリの概要を説明中
ドクターヘリパイロットは待機中何をしているのか、という書き込みをツイッターで発見したので少し事情を書いてみます。
ドクターヘリは県によって出動する回数に大きな開きがあり、多い県で一日に14回も出動したこともあり、また飛ばない県では3日間全く出動しなかったようなこともあります。
防災ヘリの場合は災害出動なので3日くらい飛ばないというか、出動しないことなどはざらにあって、毎日テレビでも見ながら昼寝していますと言うとそうではなく定期的に隊員の訓練があるので結構飛ぶようです。
ドクターヘリの場合は緊急に出動する関係で、いわゆる訓練というフライトはほとんどなく、県の防災訓練に呼ばれる場合がありますが、いつでも訓練を中座して緊急出動に影響の出ないようにしています。
ドクターヘリの場合の出動は消防からの要請の電話が入ると、最短時間で離陸すると決まっていますので、私の勤務していた県ではほぼ3分30秒から4分くらいで離陸していました。
ということで待機中何をしているかと聞かれたら、何もできないということが真相で、実はトイレもゆっくりはできないのですが、最短時間で離陸することに支障のないことは何をしてもよいということは言えると思います。
新聞を読んだりテレビを見ていても出動要請の電話が入って離陸が遅くなることはありませんが、電話が入ってドクターヘリエンジンスタートなどと言うような館内放送はありえないということになります。
関係者がだけが無駄なく対応して離陸が遅れないようにすればよく、逆に患者がヘリで搬入される場合は受け入れの関係者が無駄なく動く必要があります。
出動に要請が入って、飛ぶか飛ばないかはパイロットが決めることになっているのは、飛んでいく場所と飛行経路の天候が大丈夫かどうかを判断するのがパイロットの仕事だからです。
ドクターや運航管理者が飛行の可否の決定するわけではないので、ドクターヘリの出動を要請してきた消防本部に、ヘリが飛ぶかどうかの決定を瞬間的にする必要があるのは、もちろんヘリが飛ばなければ消防は救急車での搬送をしなければならないからです。
ということで待機中パイロットは昼寝をしていても、テレビを見ていても、出動要請が入った瞬間、ホットラインの電話の横で聞いていて、どこへ飛ぶのかを聞くと同時に、飛ぶか飛ばないかを伝え、飛ぶならヘリに向かって駆け出します。
ホットラインの出動要請電話では、まずはどこからの要請かを聞き取り、怪しい天候ならすぐに天候提示のモニターに目をやり、OKサインを出して駆け出します。
パイロットが駆け出したら、運航管理者は患者の情報を聞き出し、どこで救急車と落ち合うのかなど追加情報を聞いて、離陸したヘリに無線で通報します。
整備士は出動要請の入電と同時に当日の担当ドクターナースに院内PHSで一斉呼び出しし、ランデブーポイントの情報を聞いてからヘリに向かって駆け出します。
普通はエンジンスタートが終わったころ整備士はヘリに乗り込んできて、ランデブーポイントのGPSの設定をしてくれますので、離陸したらすぐに到着予定時間がわかります。
離陸したら、ドクターは運航管理から初めて患者情報を聞き、処置の準備に入ります。どこかの県のように入電にドクターが出て、患者情報を根ほり葉ほり聞いてからエンジンスタートなどと言っていたら、いつになったら離陸できるかわかったものではないかもしれますぇん。
待機中ドクターヘリパイロットは何をしているのかと聞かれたら、出動要請入電10秒で飛ぶか飛ばないかを決めることができれば何をしていても良いので、できるだけリラックスしながら、どこから要請が入ってもよいように天候情報には気を配っているということになります。
連日の長時間の待機はリラックスが良いので不謹慎にも靴を脱いでスリッパに履き替えていました。
実は出動要請の電話は専用電話に違う音で入るのですが、待機室全員が要請電話と分かるように呼び出し音を3回鳴らしてから取ることになっていて、その3秒中に靴に履き替える手順にしていました。
トイレ、食事はできるだけ我慢しないで早めにすましておくことがよく、お昼に出前で頼んだカレーうどんが5時まで食べられなくなって、悔しい思いをしたことがありました。
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ドクターヘリパイロットは優秀なパイロット???

今日の写真は自分自身が30代後半か40代初めのころで、西武警察最終回に出たころで、パイロットとしては一番性能が良かったころで、普通はこのような仕事はしないのですが、たまたまロケ地の付近で長い仕事があって、そのあいまに、石原プロに格安でサービスで出たときのものです。
当時、ヘリコプターが稼ぐ仕事は原発に繫がる山岳地帯の巨大送電線を建設する仕事で、いろいろ他の仕事があってもあまりもうからないものばかりでした。
防災ヘリやドクターヘリなどはヘリを飛ばす者にとっては必要性や実用性に疑問があって、いつまで続くか知れたものでなく、農薬散布の国家事業が急になくなって、余ったパイロットやヘリを使える道がないかと模索して、役人を巻き込んで政治的に実現したものでした。
つまりは余ったパイロットや整備士を投入して始めた仕事なので、「優秀」な人材を配置しますという営業トークで始まったともいえるでしょう。
ということで、そのヘリを使った医療サイドや官庁関係ではパイロットをどのように評価していたかは例のテレビドラマ、コードブルーにパイロットがどのように描かれていたかを見ればよくわかります。
役者はやくざ役を演じるような役者で離陸前に飛ぶのが怖くて、首からぶら下げたお守りを握りしめて祈るようなパイロットに描かれていて、、実際のヘリパイロットから見たら アホかというしかない程度なのですが、ドラマの筋書きを作った人からはそのように見えていたのでしょう。
そのような評価を受けていた会社は当然衰退し、完全未経験な会社が参入するすきを与えてしまって、大きな市場を奪われてしまったようです。
防災ヘリにしても、結果は全国で5機も墜落し、多数の死者をだし、悲惨な歴史を作ってしまったのですが、結局はパイロットの選定に甘さがあって、飛べるだけの技量しかない、仕事ができないパイロットに仕事をさせるとこうなるという結果を出したようです。
ドクターヘリが50機も飛んでいて、お守りを握りしめたり、仕事ができないパイロットが飛んでいないことを祈るしかありませんが、現実はなかなか大変だと思います。
実際にヘリを操縦し仕事をするパイロットの現実に目を向けない甘い制度設計はいずれ破綻する可能性が高いのですが、できればお守りを握りしめないパイロットで飛んでほしいものです。
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過去の50年と未来の50年、、パイロット、、、

世間の話を聞いたり、ネットを見ていると、ドクターヘリのパイロットになりたいという若者がたまにいるようであったり、民間の飛行学校にパイロットの資格を取る希望者が結構いるようです。
自分はたまたま50年前にパイロットを希望して、航空自衛隊に入り、その後事情があってヘリに乗って、最後の5年間はドクターヘリでパイロット人生を10年前に終わった幸せ者です。
自分がパイロットを志した時代と今現在の航空機やパイロットの状況はそれほど変わっていないようなので、目指した世界がまるで変ってしまったということはなさそうです。
ところが今から空を飛ぶパイロットを目指す若者が描く世界と、20年後30年後、そして引退するころには航空という世界が大きく変わりそうな予感がします。
まずはパイロットは航空機を操縦するかという最も基本的な面では、自動化と無人化という流れは止められないようで、海保や海自の無人機のオペレーターはパイロットと言えるかどうかは意見が分かれるところです。
そして旅客機などのように決められたところしか飛ばない航空機は自動化がどんどん進んでいて、パイロットは実際に操縦かんを握って操縦しなければならない場面がどんどん少なくなってきていて、2名パイロットから1名になりそして無人化へと進むことはほぼ確実なので、今からパイロットになる若者が70歳程度で引退することには、パイロットという職業は半減している可能性があります。
自動化が進みにくい航空機はどこへでも着陸するヘリコプターや、最終的に敵と対峙する必要が高い戦闘機パイロットなど一部のパイロットの果たす場面はかなり自動化が進まない可能性がありそうです。
パイロットが特別な技術とある程度の危険性を帯びる任務のパイロットの給料はある程度は高いレベルで維持される可能性がありますが、ゲーム感覚で危険性なく、そして自動化が進んだ無人機のオペレーターが特別高い給料が舗装される可能性は低いでしょう。
ドクターヘリや戦闘機はパイロットの固有の操縦技術が任務を果たす上で重要な要素となるので、処遇は維持されそうですが、飛べる飛行時間は概して少ないので、引退まで5000時間も飛べれば良いほうでしょう。
飛ぶこと自体を楽しむグライダーや自家用機、パラグライダーなどのスポーツ航空は自分で操縦を楽しんで、操縦技術を高める楽しさがありますが、これは職業として飛ぶのではないので、さらに飛ぶ機会が少なくて飛行時間は多くはならないでしょう。
このようなことを考えるとき、自分たちがたどった50年の航空の変化が今後の50年ではかなり創造のつかない進歩や変化がありそうなので、今職業としてパイロットを目指す若者たちにはよく考えて挑戦するべきだと思えますがいかがでしょうか。
航空の世界が進歩することは必ずしもパイロットが職業として飛ぶ上で、充実感や楽しさが増す可能性は比例しないので、難しいところです。
私たちの時代には、10機種以上の航空機を乗り継いで、操縦技術を高め、より大型機に乗り、難しいと言われる技術が必要な飛行作業に対応しながら成長し続けて引退を迎えることができたように思います。
処遇も定期便パイロットには及ばないものの、最終10年ころから低下するまでは、同僚を含めて、皆1000万円程度は保証された良い時代でほとんど1万時間くらいは飛べた良い時代でした。
さて今後50年、いろいろな航空機を飛ばすパイロットはどうなるのでしょう、、、、半分は無人機になるのでしょうか、、、
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