ヘリパイロットは英語ができない、、、、、

インドネシア (14)

 パイロットと言う職業は一般的な人から見ると、管制は英語でペラペラ、フライトマニュアルやいろいろな書類は英語で書かれていて、さぞや英語ができると思われている節がありますが、羽田事故を見るまでもなく、ほとんど幼稚園程度のようです。

 何しろ着陸機があるのに滑走路に入るなとすら言えなかったり、どうやら当然滑走路に入っては危険だ、入ってはいけないような感じかもしれないのに確認しなかったりと、まるで言語障害児のようです。

 国際線を飛ぶパイロットの英語能力があまりに低いので、ある時期から英語の資格がないと飛べなくなったのですが、試験に不合格になったパイロットの話は聞いたことがありません。

 写真は30歳の時に、スラバヤ海軍飛行場で飛行計画を提出するときのもので、担当者は30歳くらいの妊婦さんの軍人でした。

 ほとんど英語らしい英語は必要ないのですが、少しはしゃべったようです。

 管制用語は100%英語ですがインドネシアかオーストラリア訛りですが、同僚の米人パイロットよりはるかに聞き取りやすかったようでした。

 ヘリパイロットには英語が良くできる者と操縦ができる者とはどちらが重要かと言うと、腕のいいパイロットが求められるということは世界共通のようです。

 すでに遠い昔ですが、大先輩がインドネシア赴任されたとき、ほとんど英語もインドネシア語もできなかったのですが、アイアム「ヨネサン」と言えばほぼすべてOKだったそうです。

 腕があれば飛べても、英語ができても飛べないようです。

 ところが最近はすべて、何でもできるいわゆる優等生を求めるらしく、パイロットになるには英語の壁もあるようです。

 今回の羽田事故は英語の壁がかなり影響している可能性はありますが、日本語で臨機応変にうまくしゃべれない者は英語もしゃべれないことは普通で、意思疎通は言語が変わっても基本は同じなので、管制英語のように基本形を50ほど覚えれば十分なのですが、その時点で何が一番重要か判断できない者は英語ができても意味がないということになります。

 と言うことなので、ヘリパイロットは腕が勝負で口でも、筆でもないとは神のようにあがめられていた大先輩がふと言われたことがありました。

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職人はたまには切れる、、、、

東北へ (116)

 https://news.yahoo.co.jp/articles/7aae9c97d8a13e0d404016efb2c759a51bf13434

 鳥取県で県立中央病院の救急救命センター長らが解任されたというニュースがあり、気になっていたところです。

 自分のヘリパイロット人生の過去を思い出してみるとき、自分も全く同じような仕事の姿勢だったなと思いだして、苦笑いです。

 職人はたまには切れるということなのですが、良い仕事をしようとすればするほど、他人の不出来を許せないことがあり、お前のところの仕事はもう一切しないなどと悪態をついて、仕事を投げだして飛んで帰ってしまったことが何回かありました。

 上司に向かって、俺はやめた、お前がやれなどと言う態度を取ったこともありましたが、首にもならないで良く持ったものです。

 さすがにドクターヘリに乗るようになったのは60歳ころからなので、自分から切れたことはありませんでしたが、売られた喧嘩は身を守るために買ったことは少しありました。

 着陸前に消防の誘導者が前に立って、ここに着陸だと手を挙げた瞬間にはすでに着陸していたようなことが何回かあって、2回も消防の管理者から弱小ヘリ会社を通じて、パイロットが誘導に従わないと厳重抗議がありました。

 あなたたちが防災ヘリにするような誘導に従っていたら日が暮れる、とは言いませんでしたが、明石の川崎重工に着陸したときにはヘリポートの管理者が怒っているとまで言いました。

 自分が30年にも渡って送電線パトロールで500回以上もそのヘリポートに着陸した経験があるのも知らないで、、、、

 チームワークで連携して仕事をする場合が多いヘリパイロットにとって、あまりに程度の低い言動をされると効率が落ちるだけではなく命まで危ないので、限度を超えるとだれかほかのやつに飛ぶようにしろと言い渡して、本当に飛んで帰ったことがありました。

 大手を止めてお世話になったドクターヘリ運航会社はヘリ運航は素人中の素人でしたが、ほとんど何も言わないで流して飛んでいましたがやはりあまりにひどいと言わないといけないこともあったようです。

 仕事はチームワークでやるので、限度を超えると言わざるを得ないのですが、管制官とけんかを売られたことがあって、どなり込みに行こうとしたら、社長がここで商売できなくなるのでやめてくれを頼まれたこともありました。

 自分はその空港の建設に当たって、空域調整の小型機パイロットの代表として数年にわたって、交渉や相談に応じた、調本人だったのですが、新米管制官殿は知らなかったようでした。

 鳥取県の救命医療のレベルが落ちなければ良いのですが、、、

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ドクターヘリパイロットになりたい人へ、、、、

1985年当時の写真 (4)

 長くヘリ業界で飛び続け、引退してからはブログで情報を発信していると、時々ヘリパイロットになりたいとか、ドクターヘリパイロットになりたいという若者が相談に乗ってくれとメールを送ってくることがあります。

 ほぼ止めたほうが良いですよという答えで終わるのですが、長い間には何人かは目的を達成して一線で飛んでいるバカもいるようなので、止めても言うことを聞かない頑固者も多いようです。

 大手ヘリ会社の役員面接まで行って、私の名前を出して熱意を伝えてきましたので絶対採用になると報告してくれたバカがいて、強力反主流の私の名前など出したら落ちるぞ、バカがーーと返事したことがあったりしました。

 今でもこのブログの内容を注意深く読んだら業界では嫌われ者だということがわかると思うのですが、そこまで読める人は少ないようです。

 ダイハツの社長はトヨタからの派遣で、普通はダイハツで手柄を立てて、業績を上げて本社へ帰って常務や専務になろうとするのが普通で、ダイハツの社員にとってはあらゆる面で厄介な奴が来たという評価なのですが、ところがダイハツの出来の悪い落ちこぼれ幹部は、その厄介者にゴマすり腰巾着で評価挽回を狙うのでダイハツ内部ではろくなことが起きなかったようです。

 悪事がばれたら俺は知らなかった、現場が勝手にやったですからいい加減にしろよと言いたくもなるでしょう。

 某ヘリ会社も全く同じで、同じ業種の車の会社ならまだしも、全く畑違いの会社に乗り込んできて、自分の業績を認めてもらうようなことばかりをしでかして、まともな会社が全くダメになったと私は評価しています。

 ヘリのパイロットは大型旅客機のパイロットより、一段も2段も下に評価されていて、同じパイロットでも少しは簡単になれそうだと思われている可能性が高いようですが、内容は全く逆で、ライセンスを取って10年見習いで飛べ給料も倍以上、募集、従事者も10以上の旅客機と、ライセンス取得直後から一人操縦の機長で荒波に放り出され、年間100時間も飛べず、非力のヘリで安月給、、なにもよいことはありません。

 普通の頭なら旅客機のパイロットを目指しますが、自費でライセンスを取ってのドクターヘリはほぼ可能性はないでしょう。

 万一なれたとして、飛行時間1000時間の新人ドクターヘリパイロットはほぼ飛行場での離着陸ができる程度なので、ドクターヘリパイロットとしてはおっかなびっくり、初心者マークもいいところで、3年程度以内には墜落することでしょう。

 ドクターナースは搭乗を拒否し、遊覧飛行の仕事に逆戻りできれば良いほうで、遊覧飛行程度の経験者なら3000時間飛んでいても危険性は高いでしょう。

 つまりドクターヘリのパイロットは定年前の経験は豊富であっても腕が落ちて、一日6時間飛べない体力が落ちた年寄りの仕事です。

 業界は生きていかないといけないので、いろいろ工夫をしてパイロットを育てようとしたり、自衛隊の経験者を雇用したりとあがいていますが圧倒的にベテランが不足しています。

 遊覧飛行ができるパイロットは五万といますが本当のヘリの仕事ができるパイロットはごく限られていてなおかつ給料は高くないのが実情で、若くてやる気と金があって、そこそこ常識のわかる頭があれば旅客機のパイロットを目指すべきでしょう。

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日本エアーコミューター 機長経験者募集、、、



 https://news.yahoo.co.jp/articles/cac38e37f847a3fbf351e45ccd0c5e907b4b157f

 日本航空の子会社で小型旅客機を離島や兵庫県の豊岡などへ飛ばしている航空会社がパイロットの機長経験者を募集しているとのニュースがありました。

 最大手の元国策会社の航空会社が何をいまさら小型のプロペラ機の機長を募集して採算の合わない離島路線など飛ばすのかと不思議に思えるのですが、いろいろと歴史的な事情もあって止められないということのようです。

 日本には国策会社の日本航空とほぼ民間会社の全日空そして東亜国内航空と言う3つの会社があって、それぞれ国際線と国内幹線、国内幹線とローカル線、国内ローカル線と運輸省の方針でほとんど競争しないように割り当てられていました。

 日本航空は国際線がもうからなくて、国内幹線を増やして他の儲かる国内路線を飛びたいと言い、全日空は国際線も飛びたいと言い、東亜国内航空はもうかる国内の幹線も飛びたいと言い、その結果ほぼ現在では日本航空と全日空の2社にして、それぞれの子会社が離島路線や超ローカル線も飛ぶという体制に代わりました。

 実は私の属していたヘリ会社が国内定期便に乗り出す足掛かりに広島松山大分の三角路線を地元の要望で運輸省が仕方なく画期的に許可し飛んだのですが、あえなく3年で30億円の赤字を出し、万歳しました。

 10年でジャンボを飛ばすと意気込んで参入したのですが規制の壁は固すぎたようです。

 その路線と小型旅客機を日本航空が引き受ける条件で、日航は国内幹線の増便と準幹線の運航を手に入れ、見返りに全日空は国際線への進出を手に入れたそうです。ヘリ会社は余計なことをするなと言うことだったようです。

 ここから今日の話題の機長経験者の募集なのですが、国際線の経験がない全日空は日本航空の国際線機長を数十人以上も引き抜いたそうです。

 国際線を飛んだ経験のある機長など日本航空以外にいるはずはないからで、多分相当な札びらで吊ったのでしょう。

 今日、募集し始めたという機長はATR72と言うプロペラ機の機長は日本国にではかなりの希少価値のパイロットで、この資格のない機長を訓練養成するのは相当なリスクで、大型ジェット経験者の機長でも、定年間近の年齢でちょっとできの悪いものなら半分くらいは合格しない恐れがあるようです。

 日本航空としては定年に近い機長を送り込んで訓練すればよさそうですが、ほぼ希望者はいないでしょう。

 定年延長を条件に送り込めばよさそうですが、人手不足の折、落ちこぼれを送れば不合格、まともな機長は元の機種で使いたいでしょうから、できれば外から雇えれば良いのですが、そんな球は国内ではほとんどいないでしょう。

 そんな状態なのにことさらこのような求人を出す理由は何か、、、、そういえば越後のほうに1年以上も飛べない会社があって、パイロットはじめ社員はみな腐っているようですから、、、、3人ほどパイロットを引き抜けばその会社は終わることでしょう、、、、

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大谷選手の故障とパイロット人生、、、

T34 (11)

 

 大谷選手の故障のニュースに接して、パイロットの人生についてふと考えてしまいます。

  https://news.yahoo.co.jp/articles/ed906ed0f44b73e145e28f8aabad860fb69ea753

 大谷選手のような偉大な選手でも、10歳以下から野球を始めていわゆる一流選手としての技術のピークはほぼ25歳くらいから35歳くらいで、プロとして通用するのはその前後ほぼ5年くらいですから長くて20年というところです。

 普通の人は20歳くらいから60歳くらいまでで、人生80年のうち半分の40年というところでしょう。

 パイロットにもいろいろ有りますが、いわゆるプロ野球選手と同じ年代しか働けないのが戦闘機パイロットで、25歳から40歳くらいで40を過ぎると激務に耐えられないというか、100億円の機体を任せて有効に飛べるのは40歳が限界というところで、大谷と同じように体を壊せば30代でもアウトになるようです。

 ヘリのパイロットは25歳から65歳くらいまで使える仕事は多くありますが、一日中 6時間も7時間も生コンや木材を運ぶのは50歳を過ぎると、はっきり言えば下手糞になり効率が落ち体力が持たないのが実情で、ごく一部の者しかできなくなるのが普通です。

 ドクターヘリのような一日に一時間しか飛ばない仕事でも、60になるとパイロットとしての性能が落ちてきて、できるだけぼろを出さないように続けるしかなくなります。

 つまり人間のどんな仕事でも賞味期限があり、あまりにその賞味期限に逆らって続けることは、代替者がいるならあまり進められないでしょう。

 大谷は最新医療で再生できると良いのですが下手をすると消える可能性すらあるでしょう。

 さてここで人生の後ろが決まるパイロット人生で、できるだけ長く、優秀なままフライトに専念してもらうには、いったい何が重要かということに気が着くべきでしょう。

 それは人間の体力気力が旺盛で、何事もいち早く吸収できるような年代から、パイロットとして専門教育を施して、少なくとも25歳程度までには、必要な技量と知識経験を会得さえることが大変重要なのですが、、、

 ですから適応年齢の学生から選抜し、国家の機関で集中教育し、できるだけ早くプロとしてのスタートを切らせることが大変重要なこととなります。

 30歳を過ぎてから、夢を実現するため、職業を変えて、自費訓練をスタートし、35歳で何とかプロになる苦労話も悪くはありませんが、プロ野球選手も、厳しい条件で飛ぶパイロットも35歳はそろそろ引退を考えて第2の人生へ進むべき年代となります。

 体力も技量も知識も大していらない、ただ飛ぶだけのパイロットならそれでも良いでしょうけれども、一流のパイロットはたまたま育つのを待つのではなく、それなりの環境を与えて強制的に育成するべきものでしょう。

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プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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