航空分野、遅れる画像動画情報活用、、、、

豊岡ドクターヘリ (1121)

 ユーチューブの動画、インスタ、ツイッター、ファイスブックと、世の中は画像動画の情報が氾濫していますし、、ゴープロやドライブレコーダを見ない日はありません。

 あふれる防犯カメラ、警備会社やコンビニには静止画像の連続画像は限りなく録画がされていて、いつでも犯罪を再現して、その捜査や解決に生かされています。

 今回のインドネシアの潜水艦の事故は生々しい記録が残されている可能性がありそうです。

 池袋のプリウスミサイル殺人事故の場合、ドライブレコーダーと車の機能記録が連動している記録装置があれば、確たる証拠の前に容疑者の証言は変わったものとなっていたかもしれません。

 防災ヘリの墜落事故の場合、搭乗していた隊員のヘルメットに就いていたカメラの動画が事故調査に大変な参考になったことでしょう。

 病院内で行われる手術はすべて録画されているそうですし、このようなシステムを航空の分野に取り入れない手はないと思います。

 航空機にはボイスレコーダとフライトレコーダーが一部の機種、一部の運航に義務着けられてはいるものの、一般社会の機材の驚異的な発展を取り入れることなく、50年前の装置や規定によってのみ使用されているだけで、その発展の遅れは目を背けたくなるほどの有様です。

 その理由は航空特有の、耐衝撃性、耐水性、機能性などの規定のあまりに厳しいことなどで、価格が莫大なものとなるなど、開発普及を大きく阻んでいるようです。

 小型機やヘリコプターに装備sることができる機材の開発、規定の整備、無線関係では録音機能付きの無線機の開発、すべての地上の航空局の録音など整備するべきことは山ほどありそうです。

 ドクターヘリや防災ヘリなどの公的なヘリの場合、離陸から着陸までの録画録音を複数の機材ですることを義務着けることも視野に入れて、開発を促進するべきでしょう。

 ドクターヘリがあらかじめ選定された離着陸場への離着離陸はもとより、臨時に離着陸した場所など、すべて録画し、記録として残し、パイロットが全員がいつでも見返すことが出来るように整備するべきでしょう。

 また基地病院や他の管制機関、消防などとの通信連絡や、機内の会話なども残しことに意義がある可能性があります。

 このような視点でヘリや小型機の今の様子を見るとき、一台の3000円のドライブレコーダーの機能から比較すると、はるか原始時代のような体たらくです。

 これは規則一点張りの航空の世界が生んだ弊害で、副操縦士がコクピットからアイフォンで写真を撮って公開したというだけで首にするような、錯誤の激しい航空界は、いずれ誰かが言い出して改善して世間並みにする必要がありそうです。

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低空飛行と離着陸、、、、

和歌山ドクターヘリ1 (1613)

 昨日の記事の続きですが、米軍ヘリが都心を低空で飛び回ることを快く思わない勢力は、本当に危険性や騒音被害を防ぎたいのか、中朝に加担して米軍の活動を妨害したいのかどちらかはっきり言ったらどうかと思いますが、法的に都内の低空飛行がすべて違法だといえないことは報道しないようです。

 毎日新聞の主張では米軍ヘリがすべて違法なら新宿から品川を通過して羽田に着陸する一日数十便にもなる可能性のある定期便は違法と言うことになります。

 ところが航空機が離着陸する場合には高度ゼロまで通過しますので、必要な低空飛行は違法ではないことになっています。

 米軍の場合は都内の赤坂にヘリポートを持っていますので、ここに離着陸する場合はすべて合法となっていますがその飛行が危険だから、うるさいからやめろというなら羽田の新ルートの危険性とうるささの比ではないでしょうから、まずはそれを止めろというのが筋でしょう。

 旅客機はクリチカルイレブンミニッツと言って離陸の3分、着陸の8分以内が最も危険性、事故率が高く、もし万一墜落したら数千人規模の死傷者が出ることでしょう。

 航空法で低空飛行と同じように飛行場以外の場所への離着陸が禁止されているのは、離着陸が究極の低空飛行であって、しかも操縦操作が一番忙しく、進入離脱経路の障害物を見張っている余裕がほとんどないので、もし障害物があればぶつかる可能性が大変高くなります。

 狭いところへの離着陸をするために生まれたヘリコプターでさえ、飛行場以外の場所への離着陸が許可制になっているのは事前に障害物がないかを確認させて、グランドなどの周りにある電線などにぶつかって墜落しないようにと、パイロットや乗客の命を守るためと言うことになっています。

 電線などの障害物は通常、地上から見上げた時は背景の空色のために比較的見つけやすくなりますが、ヘリが着陸中に水平方向以下の場所にある電線は背景に溶け込んでほとんどぶつかるまで見えないと思った方が身のためです。

 都心を低空飛行する米軍のヘリは通常の着陸ルートに従って飛んでいるのか、あるいは必要のない低空飛行で遊んでいるのかよくわかりませんが、毎日新聞がご苦労さんにも毎日都庁の展望台に詰めて調べるならその程度のことは調べるべきでしょう。

 低空飛行時の危険性を問うなら、ルートに沿った米軍の赤坂への離着陸より、新聞テレビの取材で飛ぶ未知の場所での低空飛行の方がはるかに危険性は高いので、パイロットは航空法より自分の身の危険を考慮しながら飛んでいます、航空法はかなり無視していると思います。

 そして取材の低空飛行よりはるかに危険性が高いのが、ドクターヘリや防災ヘリなどの救助時の低空飛行や未知の場所への離着陸で、見えない障害物の危険と人命のプレッシャーを背負って、しかもできるだけ早くという、いわゆる航空法の安全精神に全く逆行するような飛行方法を強要されています。

 しかもその訓練は航空法では認められないことになっていますが、そのことに比較したら、米軍機が新宿やスカイツリーで低空飛行で遊覧飛行する程度のことに目クジラを立てて非難するようなことではないでしょう。

 航空法を盾にとってそんなことを非難する暇があったら、救助事案の担当ヘリパイロットが実任務と同じように訓練できる法改正をしろとでも記事を書いたらよさそうなものですが、、、、

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航空機が飛行場以外の場所への着陸禁止 ←危険だから、、、

豊岡ドクターヘリ (1683)

 王寺町制施行祝賀飛行の大惨事
大正15年(1926)4月17日から3日間の予定で計画された町制施行記念祝賀行事は、第1日目の予定を順調に消化しましたが、第2日目の18日、重大事件が発生しました。午前10時40分ごろ、町制施行祝賀飛行として大和川の川原に着陸するはずだった飛行機が、それを観覧していた小学生児童のところに誤って墜落してしまったのです。この事故は2名が死亡、22名が負傷するという大惨事となりました。大正15年(1926)4月27日「町制施行祝賀飛行事故報告書」では、事故が発生した経緯や負傷した児童の救護活動など、この事故の顛末を詳細に知ることができます。王寺町の門出を祝うときに、このような大惨事があったことを忘れてはなりません。


 飛行機が発明された当時はもちろん飛行場はなかったので現在のように飛行場以外の場所への着陸を禁止できませんでしたがやはり危険性があって事故がおきています。

 私の住む王寺町の1926年、100年以上前の事故の様子を町史に書かれているのを取り上げてみました。

 その後航空の発達とともに必要な飛行場が整備され、飛行場以外の場所への離着陸は原則禁止とし、安全性が確保されている状態ですが、ヘリコプターの場合は必要なヘリポートの整備は殆どかえり見られることはなく、着陸は必要な場所については一定の条件を付けて許可する方法になっています。

 ところがドクターヘリや防災ヘリが数多く飛ぶようになって、許可を取るいとまがない急に着陸することが多くなると、今度は人命救助などに限って許可を受けないで着陸して良いという、法の例外規定を追加して着陸を認めるようになりました。

 つまり安全を確保する最低限の規制が取っ払われて、大正時代の王寺町の事故のような時代に逆戻りしたことになります。

 当時と何が違うかと言うと、当時はそのような規制がなかったのでパイロットは自分で安全に着陸できるかどうかを判断し、そして危険が潜んでいるという前提で離着陸していましたが、今のヘリのパイロットは安全に離着陸できるという、航空法の規制の中で育っていますので、そもそも何の保証もない危険なところへの離着陸に対する免疫も耐性もない可能性が高くなっています。

 大正時代のパイロットは自分で安全性を確保することが当然という考え方ですが、現在は法律が安全性を確保してくれている場所に限った離着陸でしたが、急に救助に限りパイロットの判断と言うこと変更となりました。

 ではどのような危険性が潜んでいるかと言うと、王寺町の事故の場合はたぶん着陸面が大和川の不整地で、でこぼこに車輪を取られて変針し、観客の中へ突っ込んだことが想像できますが、あるいは観客が近すぎたと言えるかもしれません。

 つまりヘリの場合でもでこぼこや傾斜、広さ、砂埃、雪の舞い上がりなどの着陸する場所の危険性と、進入経路上の障害物の危険性があり、このような危険性を克服するには一定以上の訓練や経験が必要となることはだれにでもわかりそうです。

 ところがこのような危険性のある場所への離着陸は許可制で承認していた基準から外れることになり、そもそもそのような訓練をすることが許可にならないことになっています。

 このような大きな矛盾はヘリコプターのパイロットに取っては100年前の大正時代の王寺町の事故当時よりはるかに遅れた考え方でパイロットや搭乗者にはほとんど理解不能と言うことになるでしょう。

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プロフィール

bell214b1989

Author:bell214b1989
35年間のヘリパイロット生活 
最終5年間はドクターヘリでした。

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